【第66回箱根駅伝】「山の大東」復活、大東文化大が14年ぶりV…山梨学院大が4位に躍進
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大東文化大が、2連覇を達成した第52回大会(1976年)以来となる総合優勝を飾った。原動力となったのは、ともに区間1位の快走を見せた5区の奈良修(1年)と6区の島崎貴之(2年)。山登りの大久保初男と山下りの金田五郎らを擁して一時代を築いた「山の大東」の復活を印象づけた。5連覇を狙った順天堂大は5位だった。
1年生の奈良修、5区で区間賞
1区9位から着実に順位を上げた大東文化大は4区でトップに立ち、2位・山梨学院大と49秒差で5区の奈良にたすきをつないだ。山登りに備え、当時母校のコーチを務めていた大久保と12月上旬に4泊5日の練習をこなしていた奈良は、前半からハイペースの走りを見せ、7・5キロ付近でリードを1分50秒まで広げた。先頭で飛び込んだ芦ノ湖のゴールでは山梨学院大に4分10秒差をつけ、区間賞に輝いた。

6区・島崎貴之は区間新
復路は大東文化大の独走が続いた。6区の島崎が59分21秒の区間新記録をマークし、2位との差を7分20秒まで広げると、7区以降も堅実なたすきリレーを続けた。総合タイムは11時間14分39秒で、2位の日本大には6分18秒差をつけた。奈良、島崎に加え、1996年アトランタ五輪でマラソン代表となる2区のエース実井謙二郎が区間3位、3区・大津睦と9区・広藤敏幸が区間1位の走りを見せるなど、大東文化大は選手層の厚さを示した。
2位争い、中央大が3秒差で制す
総合2位の日本大は、総合優勝した第50回大会(1974年)以来の好成績となり、当時の読売新聞は「まるで優勝したような騒ぎでアンカーを迎えた」と伝えている。中央大との2位争いはゴール直前までもつれ、日本大が3秒差で振り切った。総合3位の中央大は往路6位から巻き返し、復路優勝した。前回大会で外国人留学生として箱根駅伝に初出場したケニア出身のジョセフ・オツオリを擁する山梨学院大は往路2位、復路5位とし、出場4年目で過去最高の4位に入った。4連覇中だった順天堂大は往路で4位、復路は7位となり、総合5位だった。
亜細亜大・田中寛重、たすき忘れてスタート
復路のスタートでは、亜細亜大の田中寛重(1年)がたすきを掛けずに走り出すハプニングがあった。レース前、付き添い役にたすきを預けていた田中は「着替えに手間取って焦り、たすきのことをすっかり忘れていた」という。30メートル余り走ったところで掛け忘れに気付き、スタート地点に引き返した。約40秒をロスした亜細亜大は、往路14位、復路15位となり、総合成績は最下位の15位だった。
ハーバード大コーチら視察
1月2日の往路では、箱根で静養中の海部俊樹首相(当時)がゴール前に姿を現し、フィニッシュする母校の早稲田大など各校の選手に声援を送った。また、日本学生陸上競技連合が招待した米ハーバード大とブラウン大の陸上部コーチ2人が箱根駅伝の視察に訪れた。レースの盛り上がりを目の当たりにしたコーチは「選手の強さは驚異的。日本のマラソンの強い秘密が分かった」とのコメントを残している。
1990年(平成2年)の主な出来事
・イラクのクウェート侵攻、湾岸危機
・東西ドイツが統一
・礼宮さま(秋篠宮さま)、紀子さまご結婚






























