【第85回箱根駅伝】東洋大が初優勝、新「山の神」の柏原が鮮烈デビュー…前回優勝の駒沢大はシード落ち
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第85回の記念大会として行われ、例年20チームだった出場枠が第85回に限り、23チームに拡大された。前回大会で9位以内に入ったシード校9校と予選会を通過した13校に加え、予選落ちした大学の有力選手で編成する関東学連選抜の計23チームが出場した。23チームの参加は過去最多となった。レースは東洋大が往路、復路ともに制し、出場67回目で初の総合優勝を果たした。東洋大は5区・柏原竜二(1年)が8人抜きを演じて初の往路優勝を飾り、復路では早稲田大との競り合いを制した。
東洋大・柏原竜二、今井正人の記録抜く

往路では、1区を早稲田大がトップ通過。2区では、山梨学院大がメクボ・ジョブ・モグス(4年)の2年連続となる区間新記録の快走で首位に立った。2区で6位に後退した早稲田大は3区・竹沢健介(4年)が区間新記録の走りで首位の山梨学院大に迫ると、4区・三田裕介(1年)も竹沢に続いて区間新記録をマークし、再び先頭に立った。5区では、早稲田大と4分58秒差の9位でたすきを受け取った東洋大の柏原が猛追。第83回大会(2007年)で順天堂大の今井正人が作った記録を47秒縮める1時間17分18秒の区間新記録をマークし、先頭で芦ノ湖のゴールに飛び込んだ。22秒差の2位に早稲田大が続き、日本体育大が3位に入った。前回大会優勝の駒沢大は1区から出遅れ、15位だった。

東洋大の柏原は福島・いわき総合高時代に全国大会の出場経験はなかった。高校2年までは貧血に悩まされ、食事療法で体質を改善した高校3年の冬から5000メートルで好記録を出し、頭角を現した。大学進学後、箱根駅伝を2か月後に控えた2008年11月の全日本大学駅伝では2区で区間トップの走りを見せるなど、急成長を遂げていた。山登りの5区で圧倒的な強さを誇り、「山の神」と称された順天堂大の今井になぞらえて、レース後には「新・山の神」とも呼ばれた。
ダニエル、史上初の20人抜き…佐藤悠基は13人抜き
往路では好記録が相次いだ。山梨学院大のモグス、早稲田大の竹沢と三田、東洋大の柏原に加え、4区区間2位の帝京大・馬場圭太(4年)も区間新記録を出した。2区では、22位で出た日本大のギタウ・ダニエル(3年)が2位でたすきリレーし、史上初の20人抜きを達成した。3区では東海大の佐藤悠基(4年)が13人抜きの力走を見せた。
復路は東洋大と早稲田大のマッチレースとなった。6区では往路2位の早稲田大がトップでたすきリレー。2位に後退した東洋大は7区でその差を詰めると、8区で逆転。9区の大津翔吾(2年)がリードを広げ、そのまま逃げ切った。総合2位は41秒差の早稲田大だった。
学連選抜、再びシード圏内
往路7位、復路9位の明治大が総合8位に入り、43年ぶりにシード権を獲得。往路13位から復路3位へ順位を上げた関東学連選抜が前回大会に続くシード圏内となる総合9位に入ったことから、翌年の本大会出場権が得られるシード枠は1校減り、9校となった。往路15位の駒沢大は復路7位で総合13位に終わり、13年ぶりにシード権を逃した。前回大会の優勝校がシード落ちするのは、途中棄権(第72回大会の山梨学院大、第84回大会の順天堂大)を除けば史上初だった。総合19位に沈んだ順天堂大は、過去2度の途中棄権を除けば、第39回大会(1963年)から守ってきたシード権を失った。予選会をトップ通過していた城西大は8区で途中棄権した。
33年ぶり出場の青山学院大は22位
初出場の上武大は総合21位。第52回大会(1976年)で途中棄権し、その後は出場が途絶えていた青山学院大は予選13位で33年ぶりの出場を果たし、総合22位だった。
初の総合優勝を飾った東洋大は大会の1か月前に部員が強制わいせつ容疑で逮捕され、川嶋伸次監督が引責辞任したほか、5日間、活動を自粛するなどしていた。関東学連の裁定を受けて出場することを決め、佐藤尚コーチが監督代行としてチームを率いた。佐藤監督代行は秋田・秋田工高出身で、プロ野球のロッテや中日、巨人などで活躍した落合博満氏と同学年だったことでも知られる。
2009年(平成21年)の主な出来事
・衆院選で民主党圧勝、政権交代で鳩山内閣誕生
・裁判員制度スタート
・第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)、日本が連覇






























