【第20回箱根駅伝】専修大が初優勝、日本大の5連覇阻む…早慶明法は不参加

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 駅伝有害論を唱えて前年大会に出場しなかった早稲田大慶応大に加えて、明治大法政大も不参加を決めたため、計10校で1939年(昭和14年)1月7、8日に行われた。レースは、出場6度目の専修大が初優勝し、日本大の5連覇を阻んだ。

33歳の村社講平、最後の箱根路で5区1位

 往路は専修大が独走した。1区は6位にとどまったものの、2区で高瀬敏夫が区間1位と力走して先頭に立った。3区では山下勝が区間新記録、4区では大森富太郎が3区間連続となる区間1位でつなぎ、5区の金三植も、区間1位のタイムに1秒差の区間2位と好走し、トップでゴールした。2位の日本大には13分26秒差をつけた。5区で区間1位となったのは、中央大の村社講平。1936年ベルリン五輪の5000メートルと1万メートルでともに4位に入賞した村社は当時33歳で、第20回大会は最後の箱根路となる5度目の出場だった。

専修大優勝を報じる読売新聞紙面(1939年1月9日)

日本大の猛追およばず、専修大が逃げ切る

 復路では、日本大が専修大を猛追した。8区・郷野喜一が区間新記録、9区・明地邦整が区間1位と快走し、最終10区につないだ時点で首位・専修大とは5分30秒差まで迫った。日本大のアンカー・石田正己は専修大の青山義を追ったが、差は詰め切れず、安定したたすきリレーを続けた専修大が逃げ切った。2位の日本大とは1分47秒差だった。

1939年(昭和14年)の主な出来事

・横綱双葉山、69連勝で止まる

・ノモンハン事件

・ナチス・ドイツがポーランド侵攻、第2次世界大戦勃発

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