【第2回箱根駅伝】明治大、早稲田大に競り勝ち初V…出場校は7校に
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箱根駅伝第2回大会は、第1回大会に出場した東京高等師範学校(東京高師、のちの筑波大)、明治大、早稲田大、慶応大の4校に、東京農業大、法政大、中央大の3校が加わり、「七大校対抗駅伝競走」として1921年(大正10年)1月8、9日に行われた。往路のスタートと復路のゴールは、第1回大会の報知新聞社前(東京・有楽町)から、日比谷公園音楽堂前に変更された。レースは、第1回大会で東京高等師範学校とのアンカー勝負に敗れて2位だった明治大が、復路で早稲田大との競り合いを制して初優勝した。
河野一郎・謙三が兄弟そろって出場
往路は早稲田大が首位を譲らず、優位にレースを進めた。1区では河野謙三が2位・法政大に2分46秒差をつけてトップでたすきリレー。2区では、2位に上がった明治大に5秒差まで迫られたが、3区では行田重治が区間トップの快走を見せて5分50秒まで差を広げた。さらに4区の河野一郎が区間3位でつなぐと、5区は麻生武治が区間1位で走り抜け、7時間22分50秒で箱根関所跡(箱根小学校前)にゴールした。3分半遅れで、明治大が続いた。
のちに参議院議長を務めることになる河野謙三は第2回大会が初出場、謙三の兄で後年、農相や建設相などを歴任する河野一郎(息子は河野洋平氏、孫は河野太郎氏)は2大会連続の出場となった。5区の麻生は1928年サンモリッツ冬季五輪にスキーの日本代表として出場した。

優勝タイムは26分以上更新
復路は早稲田大と明治大の競り合いとなった。明治大は6区で首位・早稲田大との差を2分10秒まで詰めると、7区で逆転して初のトップに。8区では早稲田大が再び先頭に立ったものの、明治大は9区・藤井嘉市が首位を奪い返し、そのまま逃げ切った。優勝タイムの14時間39分1秒8は、第1回大会を制した東京高等師範学校の記録を26分以上更新した。復路の終盤で順位を上げ、早稲田大をかわした東京高等師範学校が約6分差の2位、早稲田大は3位だった。
1921年(大正10年)の主な出来事
・原敬首相暗殺
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