【第4回箱根駅伝】早稲田大、初の連覇…「区間賞」制度スタート
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第3回大会出場校のうち、日本歯科医学専門学校(のちの日本歯科大)を除く9校が参加し、1923年(大正12年)1月6~7日に行われた。消防の出初め式と重なったことから、往路スタートと復路ゴールが前年までの東京・日比谷公園から有楽町の報知新聞社前へ6日朝、急きょ変更された。レースは早稲田大が初の連覇を達成した。
往路は明治大・中央大などの接戦
往路は目まぐるしく首位が入れ替わる接戦となった。2区までは東京高等師範学校(のちの筑波大)が先行。3区で中央大がトップに立つと、4区では中央大と明治大が同着の首位でたすきをつないだ。5区では明治大の下村広次が後続を突き放し、1位でゴールした。2位には中央大をかわした早稲田大が入った。
復路では、早稲田大が6区で初めて首位を奪うと、7区以降も快走を続け、大会史上初の2連覇を飾った。中央大は3度目の出場で初の2位に入った。往路トップの明治大は9区のブレーキが響き、4位に終わった。
区間の記録章を授与
連覇した早稲田大は、7区がのちに農相や建設相などを歴任する河野一郎、5区が参議院議長を務める河野謙三だった。兄弟が箱根駅伝に出場したのは第4回大会が最後となった。
中央大の3区は、衆議院議員や青森県知事を務めることになる山崎岩男で、区間2位だった。
第4回大会からは区間の「記録章」が授与されることになり、区間1位の選手をたたえる「区間賞」の制度が事実上、スタートした
1923年(大正12年)の主な出来事
・関東大震災
・虎ノ門事件(皇太子暗殺未遂事件)
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