【第14回箱根駅伝】早稲田大、大会史上初の全中継所トップ通過でV

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 早稲田大明治大慶応大など従来の出場校に東洋大拓殖大が初めて加わり、過去最多の11校が参加して、1933年(昭和8年)1月7、8日に行われた。レースは、1区から首位を守り続けた早稲田大が2年ぶり6度目の優勝を果たした。全中継所をトップで通過して優勝するのは、大会史上初めてだった。

早稲田大・朝倉充、御成門で抜け出す

 東京・有楽町の報知新聞社前を一斉にスタートしてから間もなく、早稲田大は1区・朝倉充が御成門付近で集団を抜け出してトップに立った。鶴見中継所に先頭でたすきを運ぶと、2区・中井賢二と3区・小野利保も区間1位で続き、平塚中継所では2位・慶応大との差を6分47秒に広げた。4区では中田正男が小田原の市街地に入って急失速し、小田原中継所では慶応大に1分16秒差まで迫られたものの、5区・中島幸基は区間トップの走りで再び後続を引き離し、首位を守った早稲田大が6時間38分48秒の往路新記録で箱根にゴールした。3分18秒差の2位には、5区で慶応大をかわした日本大が続いた。

早稲田大優勝を伝える読売新聞紙面(1933年1月9日付)

難波博夫、日歯から初出場で区間新

 4区では、日本歯科医学専門学校(のちの日本歯科大)の難波博夫が1時間9分39秒の区間新記録をマークした。第12回大会(1931年)で法政大から出場していた難波が日本歯科医学専門学校から出場するのは、第14回大会が初めて。計4度の出場でいずれも区間1位に輝いた難波は当時、陸上界屈指のランナーで、「そこのけそこのけ難波が通る」と他校から恐れられたというエピソードが残る。

 復路では、早稲田大が着実にリードを広げた。6区の小原孝一が区間1位の走りで2位・日本大との差を13分11秒まで広げると、その後も安定したたすきリレーを続けた。9区では鈴木政数が区間トップの快走を見せるなどし、早稲田大が12時間47分53秒の大会新記録で有楽町のゴールに飛び込んだ。総合タイムが13時間を切るのは大会史上初めてだった。6時間9分5秒の復路タイムも新記録だった。早稲田大の優勝回数は6回となり、5回で並んでいた明治大を抜き、最多となった。

東洋大と拓殖大、初陣は振るわず

 往路で3位だった慶応大は7区で2位に浮上し、8区では1932年ロサンゼルス五輪の長距離種目に出場した竹中正一郎が区間1位と力走したが、早稲田大と13分23秒差の2位となり、連覇はならなかった。

 初出場の東洋大と拓殖大はそれぞれ10位、11位だった。

1933年(昭和8年)の主な出来事

・ドイツ、ヒトラーが首相就任

・日本、国際連盟を脱退

・皇太子明仁親王が誕生

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