迷宮の先 ひらけた湯畑…草津温泉(群馬県草津町)
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黄、緑、エメラルドグリーンの何ともいえぬ超現実的な彩りも
凄
みがある美しさだ。――――岡本太郎「岡本太郎の挑戦するスキー」(1977年刊)

すべての道は湯畑に通ず――標高約1200メートルの高地に開けた草津温泉を歩き、そんな言葉が浮かんだ。すり鉢状の斜面に旅館や土産店が密集する迷宮的な街のどこにいても、路上の道案内が湯畑へと導く。毎分約4000リットルの湯がわくこの源泉が、草津の中心だと実感する。

エメラルドグリーンの湯の色や、湯の花を採取する七つの
情熱的な岡本は「血がわき上がり、全身が爆発する思い」が味わえるスキーに46歳ではまった。57年、最初のシーズンの終わりに万座(群馬県嬬恋村)で講習会に参加し意気投合したのが、スキー指導者で草津温泉の大阪屋旅館主人、中沢清さん。終了後は万座から大阪屋裏の崖まで山中を滑り降り、草津を初訪問。「古めかしい温泉場のたたずまい」に懐かしさを感じた。
翌年には別の旅館の主人、萩原亮さんとも親しくなり、スキー仲間の2人との交流が続いた。岡本が草津に泊まった朝方には、湯もみの音と湯もみ唄を夢うつつで聞き、「ノスタルジアを覚え」たという。
清さんの長男、中沢

その後、清さんと萩原さんは草津の高原地帯のリゾート開発に力を注ぎ、相次いで町長も務めた。「病気療養の場と見られていた草津を観光地として発展させるため、父は知名度が高い芸術家の岡本先生に湯畑の設計を頼んだのでは。ヨーロッパの広場のような場所になり、狙いは当たった」と前町長でもある敬さん。
再び湯畑の周りを散策する。昼夜人が絶えない中でも湯滝の前は「超現実的な彩り」が美しく、みな和やかに記念写真を撮っている。改修後に同じ風景を見た岡本は「ああ、よかったなと
草津温泉
日本武尊(やまとたけるのみこと)、奈良時代の僧・行基、源頼朝らの開湯伝説があり、古くから戦国武将や文化人らが来訪。江戸時代の温泉番付では東の大関(最高位)に選ばれた。源泉は大小100余か所、毎分約3万2000リットルの自然湧出量は日本一。湯畑の滝つぼの前には岡本太郎(1911~96年)デザインの「草」のマークも。川沿いに多くの温泉が湧出する
文・佐藤憲一
写真・中村光一
町のスキー愛 芸術家を魅了
係の人に押された座席がスイングし、斜面の上から空中へ飛び出した。純白のゲレンデと草津温泉の街並みが視界に広がり、空に吸い込まれそうだ。

草津町の草津温泉スキー場のブランコ「スカイスウィング」を体験した。「通年型リゾートを目指し近年、整備した施設の一つ。隣の展望レストランでは江戸前
同スキー場は1948年、民間の営業用として日本初のリフトができた。平成初めには年100万人近くが訪れたが、2018年の本白根山の噴火後、山頂付近のゲレンデが閉鎖され、ファミリー向けスキー場に転換を図っている。
木製のやぐらの間にロープを渡した初代のリフトの写真を見せてもらった。「草津周辺にあった硫黄鉱山の鉱石運搬用の設備を改良し、座席も鍋形をしていたそうです」と安斉さん。大正時代からスキークラブを作るなど歴史を重ねた草津人のスキー愛が、岡本太郎を引きつけたのだろう。


冷えた体を温めに温泉街へ。
その先の西の河原公園には、明治時代に来日したドイツ人医学者、ベルツ博士の記念碑が立っている。「草津温泉の医学的効用を研究し世界に紹介してくれた恩から建てられたものです」とベルツ記念館の説明員、市川正一さん(73)に聞いた。実現はしなかったが、病院やサナトリウムなどの建設を目的に土地まで購入したという。

公園奥の西の河原露天風呂は、豊富な湯量を誇る草津らしく、広々としていてプールのようだ。雪をかぶった森に囲まれ湯につかると、体の芯からぽかぽか温まる。〽草津よいとこ一度はおいで~。いい気分で草津節の鼻歌交じりに。〽チョイナチョイナ。
●ルート 東京駅から新幹線で高崎まで約50分。同駅からJR吾妻線で長野原草津口まで約1時間25分。同駅からバスで草津温泉まで約30分。東京駅や新宿駅南口から高速バスも。
●問い合わせ 草津温泉観光協会=(電)0279・88・0800
[味]湯畑「再現」プリン

湯畑の豊富な湯量と美しい色を表現したプリンが、西の河原通りの「草津温泉プリン」((電)0279・82・5278)で食べられる。
ジュレがたっぷりのった「湯畑プリン」(460円)=写真左=は、メロン味とラムネ味のジュレを手間をかけて交互に重ね、湯畑のエメラルドグリーンを表現。一方、「夜の湯畑プリン」(480円)は、ライトアップで昼とは違う幻想的な姿を見せる夜のイメージ。ハーブティーを使ったジュレは青色=同中央=だが、付属のレモンジュースを加えジュレだけかき混ぜると紫色に変化する=同右=。ジュレのさっぱりした甘味と、群馬県の榛名牛乳を使うなめらかなプリンとの相性もいい。食べ歩きやお土産に人気で、「本物の湯畑の色と比べて楽しんで」と責任者の小淵貴子さん(51)。
ひとこと…骨折で交流深まる
岡本太郎は草津のスキー場で骨折したことがある。奥の振子沢を滑っていて左足を痛め、激痛に苦しみながらスノーボートに乗せられて下山した。この時、助けてくれたのが萩原亮さんと草津のスキー選手たち。「この骨折以来、草津の町の人たちとの結びつき、交流が一層深まった」と自著に書いている。


























