失われた街に文士の記憶…長崎市(長崎県)
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長崎港は地形的には溺れ谷である。(中略)「鶴の湊」というのが旧い呼び名であったという――――野呂邦暢「愛についてのデッサン」(1979年刊)

稲佐山の麓から山頂の駅までは、長崎ロープウェイに乗れば5分ほどで着く。そこからしばらく歩くと、急に視界が開けた。展望台からは長崎市街と港、そして海が一望できる。坂に沿うように美しい街が広がり、「溺れ谷」という言葉と重なった。


長崎県
戦前に作家の家があったという岩川町の辺りを歩いた。平和公園には青銅製の巨大な平和祈念像と、爆心地を示す黒い
戦後に再建された天主堂の脇には、崩れた鐘楼などが保存されている。坂の多い街を汗をかきながら歩き回ったが、作家が住んでいた当時の面影をさぐるのは難しい。戦後に街は美しく復興した。
野呂は終戦の半年ほど前に、家族とともに諫早へ疎開した。そこから、原爆投下後の〈血を流したような夕焼け〉を眺めた。記憶の中にある故郷を、永遠に喪失してしまったことは、作家の原点でもある。被災前の街並みを地図で復元する作業と自らの創作を重ねて、野呂はエッセーで書いた。

〈きれぎれの断片を寄せ集めて過去のある時間を再構成してみること。たとえば私が失った町とそこですごした時間である〉
古本屋を愛した作家の流儀に従って街を歩いた。野呂が通っていたという店は見つからなかったが、何冊かの古書をあがなうことができた。「野呂さんの本は根強いファンがいて、いつかは売れていく。そういえば、この作家のことは誰も呼び捨てにせずに『野呂さん』と言いますね」と、長崎市万屋町の「銀河書房」の大渡道郎さん(76)はしみじみと語る。
野呂が早世して、はや45年。作家がこの街を愛したように、地元で作家がいまでも大切にされていることを知って、胸が温かくなった。
野呂邦暢
(のろ・くにのぶ)
1937~80年。長崎市生まれ。65年に文学界新人賞で佳作入選し、陸上自衛隊での体験をもとにした「草のつるぎ」で74年に第70回芥川賞。諫早市で執筆活動を続け、その後も小説「諫早菖蒲日記」や、評論「失われた兵士たち」など多彩な作品を手がけた。42歳で急逝したが、没後40年以上たったいまも作品がたびたび復刊され、再評価されている。近年も「野呂邦暢小説集成」(文遊社、全9巻)などが刊行された。「愛についてのデッサン」はちくま文庫。
文・川村律文
写真・西 孝高
被爆の悲劇 語り継ぐ
時代の変遷とともに、長崎の街は大きく変わっている。長崎駅から平和公園に向かう道筋には、サッカー場やホテルなどを併設した複合施設「長崎スタジアムシティ」が開業していた。
そのそばにある野呂邦暢の母校、
渡辺祐介教頭(49)によると、児童は登校していなかったが約500人が犠牲になった。卒業生から寄贈を受け、被爆の際に高温で溶けた瓦や、当時の写真などの資料を展示し、平和教育に力を入れている。
原爆投下前の街の姿をさぐろうとする人もいる。自然史研究家の布袋厚さん(66)の「復元!被爆直前の長崎」(長崎文献社)は、空中写真などを基に旧市街の姿を地図として復元した労作だ。古い住宅地図や記録を当たり、聞き取り調査なども交えて、当時の姿を調べた。「この地図を見ながら、当時の記憶がよみがえってきたという感想もありました」と布袋さんは語る。
布袋さんに教えられて、古い建物が残るエリアを歩いてみた。被爆建築である江戸町の旧長崎警察署は、後に県庁の別館として使われた。中島川の東岸域にも、焼失を逃れた街並みが残る。雨が降り続く中、路面電車を使いながら街を歩いた。目をこらせば、古い長崎の姿は確かに息づいている。
〈戦後三十年めの夏がくる、という書出しで始る文章が、今年は流行ることだろう〉
無名兵士を中心に戦記を論じた「失われた兵士たち」で、野呂は半世紀前に書いた。作家は若者の間で戦争の記憶が風化していることを嘆いた。ただ、戦前や被爆の記憶はひっそりと残り、それを語り継ぐ人がいる。その貴重な営みに、頭が下がる思いがした。

●ルート 長崎空港からリムジンバスで長崎駅まで約40分。長崎駅から長崎ロープウェイの淵神社駅までバスで7分。
●問い合わせ 長崎市公式観光サイト 、長崎市コールセンター(あじさいコール)=(電)095・822・8888
[味]かまぼこ スナック感覚で
豊かな海の幸が魅力の長崎は、

スナック感覚で手軽に食べられるのが、「ハトシ」「ハトシロール」などの名で親しまれているB級グルメだ。パンにすり身を挟んで揚げた料理で、各社が味に工夫を凝らす。杉永蒲鉾の「ハトシ」=写真=はロール状で、味はエビとチーズの2種類(280円)。香ばしさとプリプリとした食感、魚のうまみが楽しめる。
ひとこと…主人公に重ねた姿
「野呂さんの文章は、読み始めるとちょっとした興奮状態になる」。長崎県佐世保市在住の作家・佐藤正午さん(70)は、敬愛する作家を評する。野呂作品の熱にうかされるように、街を歩いた。長崎を舞台にした小説「海辺の広い庭」の主人公は、靴底をすり減らして歩くサラリーマン。その姿に自分の姿を重ねた。




























