義経のゆかしき逃避行…逢坂の関(大津市)

スクラップ機能は読者会員限定です
(記事を保存)

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

これやこの往くもかえるも別れては知るも知らぬも逢坂の山隠す霞ぞ春はゆかしける――――長唄「勧進帳」より

雲間から夕日が差す琵琶湖に一隻の舟が行く。対岸には京都との県境の山々が連なる(滋賀県草津市で)
雲間から夕日が差す琵琶湖に一隻の舟が行く。対岸には京都との県境の山々が連なる(滋賀県草津市で)

 歌舞伎「勧進帳」の序盤、花道は、琵琶湖になる。

 兄・源頼朝が差し向けた追っ手から逃れるため、源義経一行は山伏や強力に身をやつして京を脱出、逢坂山を越えて琵琶湖を舟で渡り、 (ほっ)(こく) (現在の北陸地方)から陸奥(現在の東北地方)を目指す旅に出る。

 蝉丸の和歌を採り入れた能「安宅」の うたい を換骨奪胎した歌舞伎の長唄は、このように歌われる。「これやこの くもかえるも別れては知るも知らぬも逢坂の山隠す かすみ ぞ春はゆかしける」

 「勧進帳」で義経は、花道を進む途中で一度、後ろを振り返る。あの山は、霞がかかってもう見えない。二度と、京には戻れないのか――。

 「安宅」では「霞ぞ春は恨めしき」だが、長唄では「ゆかしける」に変わる。たとえ切ない逃避行だとしても、義経の旅なら「上品で、心 かれる=ゆかしい」ものであってほしい。そんな歌舞伎作者の願いが詞に込められているのだろうか。

 義経に続いて、花道に家来の四天王と弁慶が登場する。京から琵琶湖に至る道の周辺には ()(あげ)()(あらい) 町、 ()() 寺など義経と弁慶にゆかりの場所も多い。おそらく数日を要した琵琶湖縦断の舟旅で、義経たちはこれまでの波乱の人生に思いをはせたのではないか。湖に立つ波はまるで、あの壇ノ浦のようではないか――と。

 長唄が「波路はるかに行く舟の (かい)() の浦に着きにけり」と歌うと、一行は北国へとつながる琵琶湖の北岸に到着する。海津の浦は現在の滋賀県高島市マキノ町にあたる。

琵琶湖北岸に上陸後、源義経が敵から身を隠したとされる「義経の隠れ岩」(高島市で)
琵琶湖北岸に上陸後、源義経が敵から身を隠したとされる「義経の隠れ岩」(高島市で)

 湖岸に、一行が敵から身を隠したと伝わる「義経の隠れ岩」がある。地元の観光ボランティア川添宏司さん(84)は「ここは港から少し離れています。追っ手に見つからないようここに舟を着けたのでしょう」と解説する。いくつかある中から最も小さい岩を指さし、「義経は小柄で、ここに隠れたと言われていますね」。

 岸を上がると「日本のさくら名所百選」に選ばれている海津大崎の桜がある。約4キロにわたるソメイヨシノの並木道で、見頃になると湖上から花見ができる船も出て、人気だという。

 吉野山や平泉もそうだが、義経の行く先には、なぜか桜の名所が生まれる。その華やかな取り合わせこそが「ゆかしける」なのだろう。

  逢坂の関 (おうさかのせき)
 京都と大津をつなぐ交通の要衝で、平安時代の盲目の歌人、蝉丸の「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関」をはじめ、数多くの歌が詠まれてきた。歌舞伎「関の () 」、能「蝉丸」などの舞台にもなっている。ふもとの大津では江戸時代、旅人の土産物として素朴な画風の「大津絵」が売られるようになり、近松門左衛門作の浄瑠璃「傾城反魂香」で取り上げられて以降、全国的な人気になった。大津市歴史博物館では11月9日まで大津絵の企画展が開催されている。

 文・森重達裕
 写真・中村光一

文学、芸能…「出くわす」地形

 その名から「出会い」を想起させる逢坂の関は、源氏物語をはじめ多くの文学、和歌、芸能の題材になってきた。

 大津市歴史博物館の学芸員、横谷賢一郎さん(57)は「今でも逢坂の関あたりを車で通れば昔ながらの急なS字、L字カーブが続いているのがわかると思います。人と人が出会う時は、遠目からは予見できず、突然、出くわす形になる。印象的な歌が生まれるのは、あの地形がそうさせているのではないでしょうか」と語る。

旧東海道(奥右)と国道1号が交わる場所にある「逢坂山関」の石碑(大津市で)
旧東海道(奥右)と国道1号が交わる場所にある「逢坂山関」の石碑(大津市で)

 関の正確な位置は今もわからないが、国道1号沿いに逢坂の関記念公園があり、付近には蝉丸神社、関蝉丸神社、能「関寺小町」にゆかりの長安寺などが点在している。京阪京津線に沿うように緩い下り道を30分ほど歩くと、キラキラと湖面が輝く大津港に出た。

琵琶湖遊覧船「ミシガン号」。滋賀県と米国ミシガン州が姉妹県州提携を結んでいた縁で名付けられた(大津港で)
琵琶湖遊覧船「ミシガン号」。滋賀県と米国ミシガン州が姉妹県州提携を結んでいた縁で名付けられた(大津港で)

 義経一行が舟に乗り込んだ(とされる)大津港では、1982年から琵琶湖遊覧船「ミシガン号」が運航されている。船内では周辺の観光ガイドが聞けるほか、歌やダンスのショーも楽しめる。

 大津から海津まで縦断する定期船はないが、今津港と長浜港を (ちく)()(しま) 経由で東西に横断できる船が出ている。

 竹生島は、義経というよりは琵琶の名手として知られた平経正ゆかりの島だ。国宝指定の本殿を持つ ()()()()() 神社と、西国三十三所霊場の第30番札所、宝厳寺がある。

琵琶湖を一望できる「びわこ箱館山」。大勢の観光客が訪れていた(滋賀県高島市で)
琵琶湖を一望できる「びわこ箱館山」。大勢の観光客が訪れていた(滋賀県高島市で)

 島内に「かわらけ投げ」ができる場所があった。2枚渡され、1枚目に自分の名前、2枚目に願いを書き入れて15メートルほど先の鳥居めがけて投げる。鳥居をくぐらせることができれば願い事が成就するという。記者は小、中と野球部。「20キロ減量」と書き入れ、勇んで投げた結果……、二つとも全然、鳥居に届かなかった。

 弁才天堂に続く急な石段をゼイゼイと息を切らしつつ上る。「ダイエットに近道なし」という、しごく当然な道理を竹生島の神様と仏様からきつく諭されたような気がした。

 ●ルート 京都駅からJR琵琶湖線山科駅、京阪京津線に乗り換えて大谷駅まで20分。同駅から逢坂の関記念公園まで徒歩5分。

 ●問い合わせ びわ湖大津観光協会=(電)077・528・2772、びわ湖高島観光協会=(電)0740・33・7101

[味]ウナギと厚い卵焼きのきんし丼

 逢坂の関跡そばのうなぎ料理店「逢坂山かねよ」((電)077・524・2222)は1872年(明治5年)創業。村田章太郎社長(61)によると、かつては峠茶屋だったが、うなぎ行商人が看板娘と恋に落ち、店を始めたという。うなぎに特化した漫画「う」の作者、ラズウェル細木さんもこの店を愛し、宣伝用の漫画「逢坂山かねよ物語」を描いてくれた。

 名物は、 (うな)(どん) に分厚い卵焼きをのせた「きんし丼」(「上」は3520円)=写真=。鮮やかな黄色が目にまぶしい。薄焼き卵3個分をミルフィーユ状に何重にも重ねて作るという。

 店名に「日本一のうなぎ」と冠する。尾崎紅葉、野口雨情といった文人が店を訪れ、「日本一」とたたえる句や歌を残している。

ひとこと…本屋大賞作品の舞台

 大津市は、2024年の本屋大賞を受賞した「成瀬は天下を取りにいく」(宮島未奈著)の舞台。主人公の成瀬あかりは続編「成瀬は信じた道をいく」では、びわ湖大津観光大使になった。びわ湖大津観光協会が小説ゆかりの地を巡るパンフレットを制作しており、ホームページからPDFファイルがダウンロードできる。

関連記事
ご当地民謡 後世にも…川越市(埼玉県)
旅行・観光の最新ニュース
スクラップ機能は読者会員限定です
(記事を保存)

使い方
速報ニュースを読む 「旅」の最新記事一覧
注目ニュースランキングをみる
記事に関する報告
7274244 0 2025/11/02 05:20:00 2025/11/02 05:20:00 /media/2025/10/20251024-OYT8I50002-T.jpg?type=thumbnail

主要ニュース

おすすめ特集・連載

読売新聞購読申し込みバナー
プリファードソース

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)