神木に抱かれる父子の墓…羽咋(はくい)市(石川県)

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たぶの木のふる木の  (もり) に 入りかねて、木の間あかるき かそけさを見つ―――― (しゃく)(ちょう)(くう) (折口信夫)歌集「春のことぶれ」(1930年)

気多大社の「入(い)らずの森」。人の出入りが禁じられた神域で、タブノキなどの広葉樹の古木が自生する
気多大社の「入(い)らずの森」。人の出入りが禁じられた神域で、タブノキなどの広葉樹の古木が自生する

折口父子の墓。9月の年祭で供えられたタブノキの枝葉が残っていた
折口父子の墓。9月の年祭で供えられたタブノキの枝葉が残っていた

 「もつとも苦しき たゝかひに  もっとも くるしみ 死にたる」。1945年の硫黄島の戦いで38歳の命を散らした養子の (はる)() を、折口信夫が悼む墓碑に胸を打たれた。石川県羽咋市の 気多けた 大社近くの父子墓には、建立の4年後、53年に他界した折口自身も眠る。その命日に墓石に供えられたタブノキの枝が、日差しを浴びていた。「時折、海鳴りも聞こえる場所なんです」。案内してくれた折口父子記念会の藤田 豊郁とよふみ 会長(69)に聞き、耳を澄ませた。

 民俗学の基礎を築いた折口は27年、民俗採訪の旅で初めて能登を訪れ、羽咋出身の教え子、春洋の生家・藤井家に滞在した。この滞在を詠んだ「気多はふりの家」の短歌19首には、海の音の聞こえる気多大社や社家(神主を出す家)の藤井家とともに、タブノキが詠まれる。代表作「古代研究」の口絵には、同社近くの (おお)()(もち)(かた)(いし) 神社などのタブノキの写真が、南海から古代人とともに移ってきた神木として多く紹介された。

 海の向こうなど異界から来訪し、村人に富や福をもたらす神々を考察した「まれびと論」は折口民俗学の核。「気多大社が出雲(島根県)から来たオオクニヌシを祭るなど、古代から日本海沿岸では人や物の交流があった。タブノキの原生林も日本海岸に点々とある。熊野(和歌山)で着想したまれびと論だが、能登で見たタブノキもその後影響を与えたのでは」。羽咋市歴史民俗資料館の中野 知幸ともゆき 学芸員(47)は言う。

 普段は非公開の藤井家を特別に見せてもらった。「門を入ると、露路庭に古いたぶの幹が立つて居て」(50年頃の詩の草稿)と書かれたタブの古木が目に入る。屋根を超すほど高かった木は、今は上部が切られている。「以前は勢いが良かったが、カミキリムシが入って枯れてしまった」と春洋のおい、藤井春幸さん(77)。父子を祭る ()(たま)() のある和室に案内され、「春洋の目が見たい」(同)とつづった折口の心中を思う。

 最愛の養子とタブノキと日本海の海鳴りは、分かちがたく結びついている。気多大社の一の鳥居跡は、折口がその後廃線となった鉄道の駅に降り立った場所。日本海に臨み、砂浜が続いている。この海の向こうに折口が見たのは、まれびとの幻影か、春洋の魂か。

  折口信夫 (おりくち・しのぶ)
 1887~1953年。現在の大阪市生まれ。国文学者、民俗学者。国学院大、慶応大で教授を務めた。柳田国男の知遇を得て、国文学や民俗学を超え、日本人の基層文化を解き明かそうとした。釈迢空の筆名で歌人としても知られ、歌集に「海やまのあひだ」など、小説に「死者の書」がある。春洋は内弟子として折口と同居し、研究を支えた後で召集され、1944年7月に硫黄島に着任。同年、折口の養子になった。戦後、折口らによって春洋の歌集「 (たづ)() 」が出版された。

 文・佐藤憲一
 写真・中村光一

UFOの街 砂浜で疾走

  気多けた 大社前の海岸から約4キロ南下した 千里ちり 浜は、 ()(くい) 観光の代名詞だ。 (ほう)(だつ)()(みず) 町にまたがる約8キロの海岸は、国内で唯一、自動車で砂浜を走れる「なぎさドライブウェイ」として知られる。浜の砂粒がそろって細かく、水を含むと固く引き締まる。

夕暮れの千里浜なぎさドライブウェイ。波打ち際に車を止め、夕焼けを楽しむ人も多い
夕暮れの千里浜なぎさドライブウェイ。波打ち際に車を止め、夕焼けを楽しむ人も多い

 レンタサイクルで浜を走ってみた。砂浜は舗装したように固く、スムーズにスピードに乗れる。潮騒を聞きながらあびる浜風が心地いい。波打ち際で自動車や観光バスとすれ違うのは、不思議な体験だ。

 夕暮れ時、日本海に沈む夕日をバックに車と記念撮影に励むグループが何組もいる。海岸浸食で年々、砂浜が縮小しているとは聞く。この穏やかでロマンチックな風景がずっと続いてほしいと願った。

コスモアイル羽咋に展示されている旧ソ連のヴォストーク宇宙船。宇宙から帰還した本物の機体という
コスモアイル羽咋に展示されている旧ソ連のヴォストーク宇宙船。宇宙から帰還した本物の機体という

 円盤形の怪しい火の目撃伝説が伝わる羽咋は、UFOの街でもある。UFO研究の拠点でもある宇宙科学博物館「コスモアイル羽咋」には、アポロ司令船やボイジャー惑星探査機、バイキング火星探査機など20世紀後半の米ソの宇宙開発競争に関わる機材が一堂に並び、見応え十分だ。

 海岸沿いを離れ、山あいにある ()()(はら) 地区へ向かった。国道沿いの直売所「神子の里」をのぞくと、野菜などに交じって地元の神子原米を使った日本酒や酢、かりんとうなどが売られている。「きれいな水と寒暖差によって育つ地域の良質なコシヒカリを特産品にしようと、地元の農家が出資して法人を作り、2007年に開業しました」と社長の武藤 一樹いちじゅ さん(49)。神子原米は、ローマ教皇に献上されたことなどが話題を呼び人気に。最近は米価高騰の影響で米の確保が難しくなり、販売だけでなく、自社栽培の米も作り始めたという。

のどかな晩秋の風景が広がる神子原の棚田
のどかな晩秋の風景が広がる神子原の棚田

 神子の里から奥へ進む。緩やかに棚田が重なる中に、木造の民家が点在する桃源郷のような風景が広がる。日本の古代を追った折口信夫を巡る旅に出て、もう一つの、日本の懐かしい風景に出合った。

 ●ルート 東京駅から北陸新幹線で金沢駅まで2時間25分、同駅から羽咋駅までJR特急で34分。

 ●問い合わせ はくい市観光協会=(電)0767・22・5333。なぎさドライブウェイは、天候などにより通行止めの場合も。

[味]焼いたカキに山と海の滋味

 能登千里浜レストハウス((電)0767・22・2141)では、10月から3月頃まで能登の七尾湾で養殖された能登かきが食べられる。今の時期は塩味が強めで、春先にかけクリーミーな味に。山のミネラルが海水に溶け込む七尾湾では、カキの育ちがいいという。

 運営会社は七尾市内にあり、昨年の能登半島地震で七尾湾の養殖場も被災したが、カキの養殖は続けてきた。「広島ほど有名じゃないけれど、多くの人に能登のカキを食べて知ってほしい」と同店の井筒道代部長(48)。殻付きのまま出てきたカキをガスコンロに載せると、熱せられるにつれて汁がしたたり、殻がはぜてスリル満点だ=写真=。焼き上がったカキをいただくとふっくらとして、能登の山と海の滋味を感じた。5個で1200円など。

ひとこと…12回以上も来訪

 折口信夫は12回以上、羽咋を訪れた。戦後だけでも4度来訪、地元の人に短歌を指導するなど、交流を持ったという。毎年9月3日の命日には、藤井家や父子墓で追悼のための年祭が営まれている。「気多の村 若葉くろずむ時に来て、 遠海原の 音を 聴きをり」(「気多はふりの家」)から始まった絆は今も深い。

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