近代の虚無 問うた三島…帯解(おびとけ)(奈良市)

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小春日和の空を縦に区切る竹林を左に見ながら少し行くと、その奥に隠れるように一宇の堂がある。――――徳岡孝夫、ドナルド・キーン著「悼友紀行」(1973年)

江戸初期の1641年、後水尾天皇の皇女が京都に結んだ庵室(あんしつ)から始まった圓照寺は、斑鳩の中宮寺、佐保路の法華寺とともに大和三門跡と呼ばれる。山門に紅葉が降り積もっていた
江戸初期の1641年、後水尾天皇の皇女が京都に結んだ庵室(あんしつ)から始まった圓照寺は、斑鳩の中宮寺、佐保路の法華寺とともに大和三門跡と呼ばれる。山門に紅葉が降り積もっていた

 三島由紀夫の自決から1年ほどたった1971年11月、徳岡孝夫とドナルド・キーンは連れだって亡き友を悼む旅に出た。まず、最後の長編小説「 ほうじょう の海」で月修寺のモデルになった えんしょう 寺の奈良へ。引用は、その道のりを描写したくだりだ。

 バス停のある交通量の多い通りを折れて緩やかな坂をのぼると、静けさにのみ込まれていく。左右の木々が濃くなり、少し心細くなってきたころ、門の影が前方に、光に包まれて見えた。

 この静寂と張り詰めた空気は当時のままではないか。寺は非公開で、山門までで引き返すのは残念だが、門の奥に見える建物をはじめ、周囲を包む清新な気配に、あの小説の結末が浮かんだ。

 45年の生涯で最後の5年間、書き継がれた長編小説の重要な場面に、この地は出てくる。宮家へ嫁ぐ綾倉聡子との恋に破れ、二十歳で亡くなる 松枝清顕まつがえきよあき 。清顕の子をみごもり婚約は解消され、出家して月修寺に入る聡子(「春の雪」)。清顕の転生を追いかけ観察し続けてきた友人の本多繁邦は、3人目の生まれ変わりは偽者と確信し、最後に月修寺に門跡の聡子を訪ねる(「天人五衰」)。

 だが聡子は清顕について言う。「そんなお方は、もともとあらしゃらなかったのと違いますか?」。これまでのすべては幻だったか。自身の足元が崩れていく感覚の中で、本多は夏の庭を見て「記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまった」と思う。

圓照寺の南、大川池の中にある大川池塚古墳
圓照寺の南、大川池の中にある大川池塚古墳

 評伝「 暴流ぼる の人 三島由紀夫」の著者、井上隆史・白百合女子大学教授(62)は「日本の終局点としての底なしの虚無が、庭の場面に重ねられている」と語る。今年9月に講演したハンガリー、セルビアで三島文学の しん な読者に会い、新たな気づきがあったという。

 「近代がひとつのニヒリズムに行き着いたことは民族、国を超えて普遍的な問題。三島は虚無を出発点にそこからどう生きていくか、問いを投げかけている。生誕100年に時空を超えて三島を読む扉が、ここにある」

 奈良では 門跡にお目にかかれなかったが、送った質問に先日、返信をいただいた。小説に描かれたことに「圓照寺に心 かれるものがおありであったのであろうとお察しいたします」。三島が最後に取材したのは自決の4か月前。当時と「山内の様子はほとんど変わっておりません」とあった。

  徳岡孝夫 (とくおか・たかお)
 1930~2025年。ジャーナリスト。毎日新聞バンコク特派員時代の取材などで三島の信頼を得、自決の日に げきぶん などを託された。著書に「五衰の人 三島由紀夫私記」。

  ドナルド・キーン
 1922~2019年。日本文学研究者。三島文学の理解者として親交を深めた。

 「悼友紀行」は2人が奈良、倉敷、松江、津和野と三島作品形成の地を巡り、語り合う中で生まれた興趣あふれる旅行記。中央公論社版は品切れ。「三島由紀夫を巡る旅―悼友紀行―」(改題、新潮文庫)は電子版で読める。

 文・山内則史
 写真・安川 純

寺に子宝伝説 いちごの産地

上街道沿いには風情のある古い町並みが残る(奈良県天理市で)
上街道沿いには風情のある古い町並みが残る(奈良県天理市で)

 万葉まほろば線で奈良から2駅目、 帯解おびとけ 駅で下車する。こぢんまりした駅舎は1898年開設。私鉄が明治期に整備した駅舎は貴重とされ2022年に国登録有形文化財になった。来年度から復元工事に入り、27年春には完成予定という。

 「帯解駅舎保存・活用の会」代表の木原勝彬さん(80)は「1926年に駅舎の大改築があり、その当時に近い形で保存、活用する。三島さんが取材に来た時の駅舎の姿に近いと思います」。「 ほうじょう の海」第1巻「春の雪」には駅や周囲の描写が出てくる。

安産求子祈願の参拝客が絶えない帯解寺
安産求子祈願の参拝客が絶えない帯解寺

 少し歩くと帯解寺がある。平安時代、子に恵まれなかった文徳天皇のお きさき 、染殿皇后は帯解子安地蔵菩薩に祈願して懐妊、後の清和天皇が誕生した。文徳天皇はこれを喜び らん を整備して「帯解寺」となった。59年には今の上皇后さまへ腹帯を献納するなど、皇室とのゆかりは現在に続く。

 寺務所の女性は「北海道から沖縄まで全国からお参りにいらっしゃいます。赤ちゃんを連れてまた来てくれたのを見ると、うれしくなります」とほほえんだ。

白い花の真ん中で、いちごが少しずつ膨らみ始めていた(萩原いちご農園で)
白い花の真ん中で、いちごが少しずつ膨らみ始めていた(萩原いちご農園で)

 周辺は田園地帯でビニールハウスが点在する。萩原いちご農園の萩原健司さん(43)によると、奈良県は昭和30年代からいちごのハウス栽培が盛んで「奈良の盆地に白波が立つ、と言われたほど」という。今は2011年に品種登録された「 古都華ことか 」が主力だ。「鮮やかな赤、甘みと酸味のバランス、5秒後に鼻に抜ける ほうじゅん な香りが特長」と教えてくれた。12月から5月が収穫期で、ハウス内では白い小さな花が咲いていた。

 木原さんに勧められて広大寺池で夕日を見た。推古天皇の時代の築造とも伝わる巨大なため池は、農閑期で水位が低い。池のそばの畑から男性に「コウノトリは行ってしまったよ」と声をかけられた。最近、つがいが池で餌をあさっていたという。安産祈願の里でコウノトリとは、ちょっと話ができすぎか。

 ●ルート 京都駅からJR奈良線で奈良駅まで約50分。万葉まほろば線に乗り換え、帯解駅まで6分。

 ●問い合わせ 奈良市観光戦略課=(電)0742・34・5135

[味]健康メニューの新カフェ

 今年5月に開店した「みずいろcafe」はモーニングからランチ、午後のお茶まで、どの時間帯でもくつろげる店。元高校教師の黒田 よしひろ さん(62)が定年を機に「夫婦で同じ目標を持てれば」と考えて店を始めた。

 妻の具視さん(48)は看護師の経験を生かして健康志向のメニューを考案。20回以上の試作で完成した、米粉を使ったグルテンフリーのワッフル(写真はキャラメルバナナ+ホイップのせ。750円)や、甘いものを医師に止められている人でも楽しめる低糖質スイーツも供する。今月からは朝とランチに野菜など素材の風味と栄養を生かした せい メニューが新登場。店内での演奏会や講座を企画する恵裕さんは「人と人がつながる場所にしたい」という。営業は火、木、土、日曜。不定休あり。(電)070・9076・7221。

ひとこと…三島作の朗読劇

 奈良出張の前夜、三島作「近代能楽集」の1編「 よろ 」の朗読劇(大河内直子演出)を都内で聞いた。企画したのは三島の新作舞台で数々のヒロインを演じてきた俳優の村松英子さん。「戦後」とは何だったかと鋭く問いかける内容に胸をつかれた。生誕100年、戦後80年、没後55年、三島作品は今も「現役」だ。

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