作家引き寄せた灯台…伊良湖(いらご)(愛知県田原〈たはら〉市)

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勾配の急な石段をおりて行きながら、私は何度も潮風にふきとばされそうになった。――――木山捷平「伊良湖岬」(1965年)

太陽を背に白く輝く伊良湖岬灯台。三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台となった神島(灯台の右)との間を、商船や漁船が次々と通過する
太陽を背に白く輝く伊良湖岬灯台。三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台となった神島(灯台の右)との間を、商船や漁船が次々と通過する

 渥美半島先端の伊良湖岬からは伊勢湾や太平洋が一望できる。その最先端にそびえる白亜の灯台は、真っ青な海に映え、伊良湖岬のシンボルとして知られる。

 冬晴れの午後。恋路ヶ浜から灯台までの遊歩道を歩いた。この時期は風が強い。旅で訪れた作家の木山捷平が随筆で<ふきとばされそうになった>と振り返ったのもうなずける。

 ここで長く観光ボランティアガイドを務めた川崎政夫さん(84)に案内してもらう。「風速10メートルを超える日も珍しくない。激しい波は、音だけでなく足元から体に振動が伝わるほど迫力があります。でも、波しぶきが飛んでくる冬場の散歩はあまりお薦めしていませんが……」と笑う。

 遊歩道や近辺にある石碑に、和歌や俳句が数多く刻まれていることに気づく。

 「伊良湖には西行や芭蕉、山頭火も訪れている。詩人でもある木山はこの灯台を<どうしても近くから見ておかねばならぬ>と書くほど前から関心があったのでしょう」。伊良湖近くで晩年を過ごした芭蕉の弟子、坪井 こく を顕彰する俳人の会の会長を務める川崎さんの言葉には説得力がある。

 木山が下りた<勾配の急な石段>は灯台近くに今もあると知り、遊歩道側から逆に上ってみた。

 小高い場所から眺めると、三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台となった神島がくっきりと見える。白く輝く灯台の沖を大型船がゆったりと進む風景は一幅の絵のようだった。

 石段を上り切った先には万葉集の歌碑があった。同行した田原市観光課長の折戸裕美さん(53)が「木山さんの随筆にも出てきます」と教えてくれた。

 うつせみの命を惜しみ なみ にぬれ伊良虞の島の玉藻刈り

 はっきりしたことは分かっていないが、流罪となった古代の 麻績おみ 王が詠んだ歌と伝わる。<王とよばれた貴人も海草を採ってくらしを立てていたのであろう>と木山も推察している。

 歌碑は木々に囲まれた場所にあるが、「冬場の午後2時前後は太陽の光が石碑を照らし出してくれます。木山さんもこんな風景を見たのかもしれませんね」と折戸さんは感慨深げに話した。

 冬場の柔らかな光を浴びた石碑は、少し神々しい感じがした。

  木山捷平 (きやま・しょうへい)
 1904~68年。現在の岡山県笠岡市生まれ。小学校教員を2年務め、詩人を志して上京。33年に太宰治らと同人誌「海豹」を創刊し、初めて小説を発表。戦争末期に旧満州(現中国東北部)へ渡り、敗戦で難民生活を送った。戦後は長く不遇だったが、旧満州での過酷な体験をユーモラスに書いた「耳学問」で注目され、人生の哀歓を描く短編の名手として評価を高めた。「大陸の細道」で62年度の芸術選奨文部大臣賞。引用は「新編 日本の旅あちこち」(講談社文芸文庫)から。

 文・西條耕一
 写真・中村光一

農業王国 観光でも魅力発信

 田原市の農業産出額は、近年の統計で全国第2位の約900億円。キャベツ、ブロッコリーなどの野菜から、菊やカーネーションなどの花まで品種が多く、牛や豚の畜産でも知られる。

 「このキャベツは芯も甘いんです」。市内の農家、尾藤光則さん(54)の声が冬晴れの畑に響いた。

 採れたてのキャベツを包丁で半分に割り、白い芯を切り出してくれた。かんでみると確かに甘い。葉の部分も東京で普通に食べる春キャベツよりも甘く、サラダにするならドレッシングはいらない。

温暖な気候に恵まれ、野菜作りが盛んな田原市。「幻のキャベツ」といわれるペイズリーキャベツを収穫する尾藤光則さん
温暖な気候に恵まれ、野菜作りが盛んな田原市。「幻のキャベツ」といわれるペイズリーキャベツを収穫する尾藤光則さん

 形が円すい状にとんがっており、「ペイズリーキャベツ」と呼ばれる。「甘いから鳥に狙われ、病害虫にも弱い。栽培しているのは4軒だけ」と尾藤さん。東京の一部スーパーで「甘みとんがりキャベツ」として販売されることもあるが、出荷量が多くはない。主に年末で販売を終えるため入手するのは難しそうだ。

 尾藤さんは通年でキャベツを育てており、品種の数は20もあるという。「二十数年前からペイズリーを栽培しているのは面白いから。利益を考えたらできない。いろいろな品種を試したいからね」と笑う。渥美半島の農業を支える生産者の心意気を感じた。

 農業は観光にも生かされている。夏場のメロン狩り、冬場のイチゴ狩りだけでなく、電照菊の温室を夜間に見学するナイトツアーや農業体験も人気を集める。

 同市農政課係長の鈴木由実子さん(45)は「野菜だけでなく、首都圏に出荷する花も高い評価を得ています」と話す。カスミソウ、スイートピーなどの切り花から、鉢物のアジサイやハイビスカスなど品種も多い。

 「野菜と違い、花は一般に産地表示されないので田原産と認識されていないのが残念です」と鈴木さん。田原のブランド力を増すため、花の産地表示を関係機関に働きかけている。その努力が花や実となる日を心待ちにしたい。

現在は田原市博物館となっている田原城址(じょうし)。櫓(やぐら)や門などが再建された
現在は田原市博物館となっている田原城址(じょうし)。櫓(やぐら)や門などが再建された
田原城本丸跡にある巴江(はこう)神社。鮮やかな赤い鳥居が連なる
田原城本丸跡にある巴江(はこう)神社。鮮やかな赤い鳥居が連なる

 ●ルート 東京駅から豊橋駅まで東海道新幹線で1時間20分~2時間余。豊橋鉄道渥美線の新豊橋駅に乗り換え、三河田原駅まで約35分。同駅からバスで伊良湖岬灯台まで約1時間。

 ●問い合わせ 渥美半島観光ビューロー=(電)0531・23・3516

[味]銘柄豚のスペアリブ

 渥美半島には銘柄豚が多い。

 伊良湖岬から車で10分ほどの宿泊施設「休暇村伊良湖」((電)0531・35・6411)では豊橋の企業が開発した「 しゅうれい 豚」を使った料理が人気を集める。1泊2食付きプランでは夕食のビュッフェの一品として、スペアリブ=写真=を提供している。

 飼料の原料に木酢酸と海藻粉末を使用することで、肉の臭みが抑えられるという。料理長の赤木剛さん(31)は「真空低温調理をしてからオーブンで焼くことで、うまみを引き出しています」と話す。骨付きの秀麗豚は脂がくどくなく、地元産の柔らかい生のキャベツとも合う。若い世代の宿泊客が次々と皿に取っていた。

 田原市には田原ポーク、保美豚という銘柄豚もある。次回の旅では食べてみたい。

ひとこと…二つの巨岩 見所

伊良湖の観光名所「日出の石門」。浜辺側の「岸の石門」には荒波に浸食されてできた洞穴があり、そこから外海が見える
伊良湖の観光名所「日出の石門」。浜辺側の「岸の石門」には荒波に浸食されてできた洞穴があり、そこから外海が見える

 伊良湖の見所の一つが 日出ひい の石門だ。海の中に顔を出す「沖の石門」と、浜辺にある「岸の石門」という二つの巨岩の総称だ。

 岸の石門は崖の上からは小さく見えたが、砂浜を通って近づくとその大きさに圧倒された。岩の下部にぽっかり開いた穴の向こうに日の出を見れば、名前の由来を実感するのだろう。

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