夢野久作 記者の幻影…箱崎周辺(福岡市)
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美しいパラソルが、あとからあとから浮き出して、数限りなく空間を乱れ飛ぶようになった。――――夢野久作「
空
を飛ぶパラソル」(「新青年」1929年10月号)

新聞記者が記事を書いたことで悲劇を招く。そんな2編の短編から成るオムニバス形式の小説だ。
表題作は自死した女性の謎を描いた。パラソルを持った旅支度の女性が列車に飛び込むのに居合わせた地元紙の記者は、女性が妊娠していることに気づき、所持品を探って身元の手がかりや佐賀行きの未改札の切符を発見する。取材を進めその死の背景を暴く記事を書いたのだが……。冒頭の引用は、苦い事件の
もう一編は「
作者の夢野久作は1919年から数年間、九州日報(現・西日本新聞)の記者を務めた。この作品の主人公は作者の分身と考えていいだろう。
「胎児、職業婦人、モダンガールなど、好んだモチーフをちりばめつつ悪夢のような味わいの夢野らしい作品。特ダネのためにきわどい取材もいとわない古臭い記者を描きつつ、報道の暴走が災いをもたらすという現代的な問題意識も示される。記者時代の夢野にそういった葛藤があったのかもしれません」

夢野を研究する日本大学芸術学部芸術研究所の川崎賢子研究員は分析する。
川崎さんによると、この小説の基となる出来事が起きていた可能性があるという。26年12月の日記に「洋傘と
作品では現場周辺の様子が丹念に描写される。2編の舞台は今の福岡市東区箱崎近辺。女性が列車に飛び込んだのは、九州大学の赤レンガの正門向かいで100メートルほど離れた鹿児島線の線路上だった。周辺は一面、水田が広がっていたという。

今では鉄道は高架化され、止まった列車から顔を出す乗客の姿が見えたと記す箱崎駅は高架化に伴い440メートル大学寄りに移転した。線路沿いには住宅が立ち並んでいる。九州大学も大部分が移転して跡地は更地となり、大規模な再開発が進んでいる。いや応なく時の流れを実感させられた。
夢野久作
(ゆめの・きゅうさく)
1889~1936年。福岡県生まれ。父は大物の国粋主義者、杉山茂丸。慶応大学中退後に故郷に戻り、農園経営や新聞記者などを経験する。22年に杉山萌円の筆名で童話「白髪小僧」を発表。26年、夢野名義の「あやかしの鼓」が雑誌「新青年」の懸賞に入選。以後は「死後の恋」「瓶詰地獄」「押絵の奇蹟」などの作品で注目された。推理小説や犯罪小説の要素に怪奇、幻想趣味を色濃く投影させた独創的な作風が際立ち、35年の「ドグラ・マグラ」はその代表作として高く評価される。
文・西田 浩
写真・田中秀敏
先端都市にレトロな趣

様々な歴史的遺産が残る箱崎地区。中でもランドマークになっているのは、10世紀前半に建立された

鳥居をくぐると、高さ約16メートルという巨大な楼門に圧倒される。本殿・拝殿、一之鳥居、千利休奉納の石灯籠を合わせ、境内に四つの国指定重要文化財を擁する。まさに歴史の重みを感じさせる。
周辺を歩くと、近代的な街並みの間に史跡が点在していることがわかる。商店街の中にこつ然と姿を現す明治初期の町屋・箱嶋家住宅は、唐津街道の宿場町だった往時の風情を伝える。松尾芭蕉の辞世の句を刻んだ江戸時代中期建立の枯野塚は、細い路地の奥、普通の住宅に挟まれるように立つ。たどり着くのに難儀した。ほかにも公園の中にある


九州大学箱崎キャンパスは大部分が移転し、今は更地となって再開発が進む。ただ、大正期から昭和初期に建設された4棟は「箱崎サテライト」として残され、九州大学総合研究博物館や文書館などとして利用する。4棟とも国の登録有形文化財だ。
博物館の堀賀貴館長は「最も新しい旧工学部本館は初期の鉄筋コンクリート造りで、関東大震災の教訓から耐震構造が施されている。他はレンガ造りで、日本近代建築の転換期の流れを眼前でたどることができます」と話す。
再開発では高速通信や人工知能を活用し、商業施設、集合住宅、総合病院、飲食店などを配置する計画が発表され、2028年度から順次オープンさせるという。
「新たな先端都市に、大正・昭和のレトロな風情や文化的な薫りが融合し、人をひきつける場になればと願っています」と堀館長は続けた。
●ルート 福岡空港から箱崎宮前まで地下鉄で20~25分ほど。
●問い合わせ 福岡市東区企画振興課=(電)092・645・1012
[味]鶏の水炊き 繊細透明スープ

豚骨ラーメン、モツ鍋、明太子など福岡では数々のご当地グルメが味わえる。鶏の水炊きもその一つ。骨付き肉をじっくりと煮だした、濃厚なスープが特徴的だ。
箱崎にある「ちどり」((電)092・983・8852)は、古民家を改装した落ち着いた雰囲気の老舗風だが、2024年9月オープンの新しい店。高級感とは裏腹に、前菜、刺し身、鶏の唐揚げなどがついたコースが5500円と手頃だ=写真=。「白濁したスープが主流の中、高温高圧で短時間に処理したうちのスープは透明で繊細だが、コクのあるうまみが売り物です」と藤井勇輝店長(29)。主役の水炊きは、歯ごたえのあるぶつ切り、たたいた軟骨とひき肉を使ったミンチなど、鶏の様々な部位を堪能できる。鶏と野菜のエキスがたっぷりしみ出したスープで作るおじやも絶品だった。
ひとこと…発展史を追体験
古い街並みが保存されているわけではない。コンクリートに囲まれた都市景観が基調になるが、スポット的に様々な時代の遺物がひっそりとたたずむ。それらをたどると箱崎の発展史を追体験したような気になれる。大規模な再開発で生まれ変わる街の中で、それらはどのような調和を見せるのか。ぜひ再訪したい。


























