地理から導いた決闘場面…一乗寺界隈(かいわい)(京都市左京区)

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武蔵が一生涯のうちでいちばん悪戦苦闘したであろう古戦場をつぶさに頭へ入れて帰りたい。――――吉川英治「随筆 宮本武蔵」(1939年)

八大神社の創建は不詳だが、年譜は八大天王が勧請(かんじょう)された永仁2年(1294年)から始まる。昭和の初めまで地元の人たちが管理していた
八大神社の創建は不詳だが、年譜は八大天王が勧請(かんじょう)された永仁2年(1294年)から始まる。昭和の初めまで地元の人たちが管理していた

 ファン歓喜の種明かしである。小説「宮本武蔵」の山場の一つ、京都・一乗寺 さが り松での決闘シーンは、いかにして生まれたのか。

 現地に旅して着想を得た折の高揚を作家の吉川英治が随筆に記している。

 大勢の敵にたった一人で相対し、見事に生き抜く。兵法・吉岡一門との死闘は小倉碑文を始めとして種々の史料に記述が残る。

 だが、内容はまちまちで不確かな事柄が多い。

 「史実の乏しい事件を、史実に不忠実でなく、しかも細致に書く」

 その基本になるのは地理であると吉川は現場取材の要を説いている。

 四差路のそば、果たし合いの しるべ とされた下り松を横目に東山連峰への急坂を進むと八大神社に行き着く。

八大神社の境内に据えられた武蔵像。二刀を構えている
八大神社の境内に据えられた武蔵像。二刀を構えている

 決戦に臨む武蔵が立ち寄ったとの故事にあやかり、勝利を願う参拝客が絶えない。

 住宅が立ち並ぶ周辺は「昭和の半ばまで、のどかな田園地帯でした」と名誉宮司の竹内 ふみ 雄さん(85)が教えてくれた。神社に伝わる江戸期の里絵図を拝見すると、確かに松の西は田畑ばかりだ。

 敵が陣取る道を避け、東の山から急襲してこそ武蔵の活路は開ける――。境内から眼下の松を眺めた刹那、合理的な筋立てをひらめいた作家の才に感心する。

 死地へと臨む武蔵の苦念すら「暗示を受けた」吉川は、「地理を踏んだ天恵の 賜物たまもの だ」と つづ っている。

 歴史小説に詳しい評論家の清原康正さん(81)は随筆の「胸中山水」との言葉に注目する。「数々の資料を読み込み、吉川は既に景色が見えていたはずだ」とし、それでも京都に向かったのは「史実と創作の間をどう埋めるか。相当のこだわり、 きょう があったのでは」と推察する。

 現在の松は5代目で、本殿の脇に決闘を見届けたとされる古木が まつ られていた。その木片を納めたお守りを求める人もいると聞き、物語の力を改めて思う。

 ヒーローの常で武蔵の「真説」は諸処に残る。研究家として知られる魚住孝至さん(72)は「小説はあくまでフィクション。反響が大きく、誤解を解くため舞台裏を明かしたのだろう」と、吉川の心情を代弁する。実際、戦後の改版には私の罪、と書いた一節がある。

 完結から80余年、罪作りな名作は種々のメディアの原作に使われて、今も老若男女を酔わせている。

  吉川英治 (よしかわ・えいじ)
 1892~1962年。現在の横浜市生まれ。小説「宮本武蔵」は1935~39年、中断を挟みながら朝日新聞で連載された。連載終了と同時期に出版された本書は、執筆の参考にした「武蔵の伝記、史料、 せき 、口碑、遺墨」や「史料あさりの紀行」を収め、「作家の史料の扱いかたや、意図などを、知ることが出来る」内容だ。「一乗寺」は中世に らん が消滅した後、地名としてのみ残り、京都に土地鑑のない吉川が下り松を探して右往左往する様子が記されている。

 文・西井 淳
 写真・横山就平

武蔵ゆかり 個性的な路面店

 新春、八大神社を訪ねると地元の「京都 さが り松道場」で剣道に励む児童・生徒が とう を受けていた。半世紀以上の歴史を刻み、昨年出場した全国大会では「剣豪の里からいざ武道館へ」との横断幕が掲げられたそうだ。

古くから街道の分岐点の目印になっていた「下り松」。現在の松は2014年に植樹された
古くから街道の分岐点の目印になっていた「下り松」。現在の松は2014年に植樹された

 近くの たぬきだにさん 不動院には決闘前、宮本武蔵が修行をしたという滝がある。武蔵の著作「五輪書」は英仏など数々の言語で翻訳されていて、ゆかりの地を散策する海外からの旅行者も多い。

狸谷山は霊山とされ、樹木や草木も含め「森林伽藍」と呼ばれている(狸谷山不動院で)
狸谷山は霊山とされ、樹木や草木も含め「森林伽藍」と呼ばれている(狸谷山不動院で)

幻想文学やシュールレアリスムの書籍を集めた名物コーナーにはファンが多い(恵文社一乗寺店で)
幻想文学やシュールレアリスムの書籍を集めた名物コーナーにはファンが多い(恵文社一乗寺店で)

 近くには詩仙堂や 圓光えんこう 寺、 曼殊まんしゅ 院など名の知れた さつ があるが、この季節、 喧噪けんそう とは別の、古都らしい趣に満ちている。

 一方で、 界隈かいわい は飲食店やカフェ、雑貨店など、個性的な路面店が点在する注目のカルチャースポットでもある。

 恵文社一乗寺店は本好きならば一度は足を運んでみたい書店だろう。人文やアート、建築、児童書まで、目利きのスタッフが厳選した書籍が棚や平台を埋めている。「本を選ぶ体験や、空間を楽しんでいただきたい」。広報担当の岡本沙織さん(38) いわ く、それこそが1975年の創業から変わらぬポリシーだという。

 自身、中高生の頃、下校途中に店の あか りに癒やされて、自然と本に親しんでいたそうだ。地元の人たちが愛し、育てた「場」だとよく分かる。

 今は店長を置かず、約10人で仕入れや企画など種々の仕事をこなす。担当の入れ替わりで本の並びが微妙に変わるらしく、「有機的、生き物のようなお店です」とも。ミニライブやトークイベントなども開かれて、人と人との新たな出会いが生まれている。

 一乗寺駅の西、東大路通はラーメン店が集中し、「一乗寺ラーメン街道」の名で親しまれている。「京都らーめんまっぷ」を毎年更新、発行する仲野勝さん(62)によると、周辺を含め約30店がしのぎを削っているらしい。「一乗寺で勝負をしたい、チャレンジ精神のあふれる店が多い」とのこと。食においても日々、真剣勝負が行われている。

 ●ルート JR京都駅から奈良線で東福寺まで1駅。京阪本線で出町柳まで約20分。叡山電鉄で一乗寺まで約5分。

 ●問い合わせ 八大神社=(電)075・781・9076、狸谷山不動院=(電)075・722・0025、恵文社一乗寺店=(電)075・711・5919

[味]京雑煮に和洋折衷スイーツ

 名物「でっち羊かん」で知られる菓子店「一乗寺中谷」((電)075・781・5504)では午前10時から「京雑煮のいろどりごはん」(1400円)=写真手前=を提供する。赤飯やごま豆腐、おばんざいなど全5品。3代目の中林英昭さん(52)は和食店での修業経験もあり、だしの利いた白みそ仕立ての雑煮は優しく、深い味わいで、つきたての丸餅と見事にマッチする。妻の恵子さん(53)は元パティシエで、「絹ごし緑茶てぃらみす」や「栗蒸しモンブラン」など、和洋折衷の工夫を凝らした菓子が並ぶ。スプーンですくえるほど柔らかなわらび餅に生クリームを合わせた「ざるわらび」=写真奥=は黒蜜、きな粉と一緒に味・食感を楽しみたい。いろどりごはんとざるわらび、抹茶のセット(2450円)もある。

ひとこと…「70対1」を妄信

 一乗寺の決闘を描いた映画の1本に戦いの前、武蔵が敵の数を確認するシーンがある。「本陣15人、白川道10人……73対1」。小説の一節「吉岡の遺弟七十余名を相手に――」をもとにしたセリフだろうか。種々の史料に確たる人数の記述はないそうだ。流布される「70対1」を妄信していた自らの不明を恥じた。

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