作家の面影 しのぶ幸運…七沢温泉(神奈川県厚木市)
完了しました
多喜二はこの温泉旅館で心身を
癒
した。――――川西政明「新・日本文壇史4 プロレタリア文学の人々」(2010年)

ほんの小さな偶然から、秘された事実の覆いがはらりとはがれることがある。横浜市の


蠣崎さんはプロレタリア文学を読み直そうと、小林多喜二の文学講座を受講していた。講師は松澤信祐・文教大教授(当時)。教授に教えられて澤地久枝「続 昭和史のおんな」を読むと〈多喜二は神奈川県の七沢温泉にこもって『オルグ』を書く〉とだけあった。
七沢温泉は当時住んでいた伊勢原市からほど近く、なじみがある。どの旅館にいたのだろう。好奇心から電話をかけ、
この「発見」を機に離れは旅館の協力と有志の募金で補修、保存され、研究者やファンが訪れる場所になる。また、冒頭に引用したような記述が多喜二の生涯に加筆されることになった。70年近く秘されていた事実が、一人の愛読者の好奇心によって引き出された。
シカゴ大名誉教授のノーマ・フィールドさんは自著「小林多喜二――21世紀にどう読むか」で〈多喜二の生涯のみならず、死後のありようにも光を当てるものだ〉と発見を評価する。


2月のある日、蠣崎さんの案内で多喜二のいた離れを見せてもらった。小田急線の駅からバスに乗り、山々が近くなったと感じられるあたりをしばらく歩くと福元館に着く。道路をはさんで旅館向かいの階段を上ると、それはあった。
木造の平屋。玄関を上がってすぐの3畳と隣の6畳を多喜二は使った。火鉢やこたつ、机は当時のものという。「多喜二の指紋がついていますよ」と蠣崎さん。発見について「私、ミーハーなんです」とほほえむ。「多喜二を直接知る人も伝え聞いた人も高齢になり、話を聞くにはギリギリだったと思う。多喜二に呼ばれたのかもしれません」
旅館の温泉に当時をしのぶよすがはない。が、透明無臭、まろやかな肌触りの湯はそのままだろう。露天風呂に身を沈めるとヒヨドリが1羽、飛んで来た。動かないなと思った瞬間、身を翻し、冬枯れの枝と2月の澄んだ空が残った。
小林多喜二
(こばやし・たきじ)
1903~33年。作家。秋田県生まれ。小樽高商卒。北海道拓殖銀行に勤め、文筆と労働運動に励む。「一九二八年三月十五日」「蟹工船」で注目され30年に上京。福元館には31年3月から1か月近く滞在し「工場細胞」の続編「オルグ」を執筆。同年、日本共産党に入党。33年2月20日に逮捕、拷問され死去。
川西政明
(かわにし・まさあき)
1941~2016年。文芸評論家。大阪府生まれ。伊藤整「日本文壇史」の志を継ぎ「新・日本文壇史」(全10巻)を著す。小樽高商で多喜二は伊藤の1学年先輩だった。
文・山内則史
写真・田中秀敏
岸恵子が疎開 ゆかりの館も
ホルモン焼きの名店で飲もうと数回下車しただけで、厚木のことをほとんど知らない。期待して駅に降りた。ちなみに小田原急行鉄道が開通し相模厚木駅(現・本厚木駅)が開業したのは1927年。多喜二が七沢に来る4年前だ。
まず、あつぎ郷土博物館へ。戦国大名・毛利氏のルーツは厚木にあること。相模川、中津川、小鮎川の3河川が合流する水運、交通の要衝として栄えたこと。江戸中期を起源とする民俗芸能「相模人形芝居」が今も伝承されていること――などが充実した展示により、よくわかった。

厚木市古民家岸邸では、季節の風物詩「岸邸の
確かにその通り、往時の雰囲気は細工を凝らした欄間や市松模様の紅白のガラス窓などから見て取れる。座敷に飾られた雛飾りは30組近く。地元の方々からの寄贈という人形には、もとの持ち主それぞれの思い出と時間がしみこんでいるかのようだ。

「山と川のあるまち」の看板が頭に残ったか。翌日は自然の中を歩きたくなった。観光案内所でもらったマップから「白山順礼峠」ハイキングコースを選び、開山1300年の飯山観音
道は県立七沢森林公園へ続き、七沢温泉入り口へ至る。公園内の「森のアトリエ」では陶芸教室の真っ最中。建物の脇ではミツマタが咲き始めていた。春はもうすぐだ。
●ルート 新宿駅から小田急小田原線快速急行で本厚木駅まで47分。七沢温泉へはバスかタクシーを利用。
●問い合わせ 厚木市観光協会=(電)046・240・1220
[味]天然イノシシ みそ鍋で

まだ寒いこの季節、厚木の味といえばイノシシだ。昨年、開店80年を迎えた「和風料理 おかめ」((電)046・248・5511)の名物の一つが「天然猪のいのしし鍋」=写真(2人前)=。3代目の店長、佐藤隆広さん(53)によると、周辺の山にいるイノシシの肉を猟師さんから仕入れ、スープは信州みそ、京都の桜みそ、八丁みその3種をブレンド。店で使っている水は丹沢山系の地下水という。滋味深くやわらかい肉はみそとよく合い、鍋のあとのうどんも食べ応えがある(ごはんの選択も可)。予約せずに1人前(3700円)から注文できるのもうれしい。「しらたき、豆腐、野菜……食材も地元のいいものを選んでいる。厚木の地に根ざした味を楽しんでほしい」と佐藤さん。季節限定でゴールデンウィークまで。
ひとこと…劇場で会いたい
2008年頃起きた「蟹工船」ブームも、09年に初演された評伝劇「組曲虐殺」も、多喜二が今も生きていることを改めて感じさせてくれた。後者は、10年に亡くなった井上ひさしさんが書いた最後の戯曲。2度再演されているが、ゆかりの地を訪ね、著作を読み返すうちに、また劇場で多喜二に会いたくなった。


























