織物の街 絵と文で残す…桐生(群馬県)

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いとものしづかなる中に水車と機声とうちまじり、わがこゝろ (はなはだ) たのしむ――――渡辺崋山「 (もう)()(ゆう)() 」(1831年)

山並みを背景にした「織物参考館“紫(ゆかり)”」のノコギリ屋根。戦前から1965年頃まで、工場の拡張に伴って屋根も増えていったという
山並みを背景にした「織物参考館“紫(ゆかり)”」のノコギリ屋根。戦前から1965年頃まで、工場の拡張に伴って屋根も増えていったという

 南が開ける以外は山に囲まれ、渡良瀬川と桐生川が左右に流れる。町中から響くのは水車と織機の音――田原藩(愛知県)の藩士、渡辺崋山は天保2年(1831年)、藩の公務で江戸屋敷から上州(群馬県)桐生へ旅をした。到着3日後に近くの雷電山(水道山)へ登り、桐生の町を一望した情景を旅行記「毛武游記」に記している。

 「『水車と機声とうちまじり』という文章に当時の桐生が全て凝縮されている」と地元の文筆家、岡田幸夫さん(78)。水道山公園の展望台に立ってその時、崋山が描いたスケッチと目前の風景を見比べてみる。人家は変わっても、山河が織物の町を包む「しづかなる」趣はそのままだ。

 1300年の歴史を誇る桐生の絹織物は江戸時代、幕府の保護を受けて栄え、町を流れる水路の水車を利用した ねん 機も発明された。織物の歴史を調べていた岡田さんは約15年前、当時の町の産業や風物が「手に取るように分かる」毛武游記に出会った。そして滞在中描かれた約50枚のスケッチを整理して足跡をたどり、展覧会などを企画してきた。「休まずにスケッチや記録を続けた崋山のすごさに感動したんです」

 桐生で崋山が滞在したのは、妹の嫁ぎ先である織物の かいつぎ 商、岩本家。屋敷跡は、江戸から昭和の古い建物が並ぶ地区にあり、酒、みそなどを扱った おおだな の蔵を利用した「 ゆうりんかん 」の隣だ。間の細い路地にたたずむ。近所の篤志家の医者や きぬがい 商らと交流し、娘の姿を描いてほしいという知人の依頼も快諾して、旅を満喫した姿が目に浮かぶ。

江戸時代から大正期の、酒、みそなどの蔵が残る有鄰館
江戸時代から大正期の、酒、みそなどの蔵が残る有鄰館
桐生天満宮の彫刻装飾
桐生天満宮の彫刻装飾

 崋山は糸繰りの水車や ちりめん 織りを見学。絹織物を売買する 市は、「その勢い ふっとう のごとし」と記した。桐生天満宮には、「都にもまれに見る御やしろなり」と称賛を送った。3年前、国の重要文化財になった同宮へも行ってみる。「花鳥の形」を彫った本殿などの彫刻は色あせても見事で、賛辞が に落ちた。

 崋山は旅の翌年、家老職に就き、貧しい藩の改革に苦心した。 らんがく を通じ海外の知識の吸収にも努めたが、幕府の反感を買って「蛮社の獄」で処罰され、田原に閉居。桐生の旅の10年後に自刃して果てた。「『毛武游記』の旅をした頃が、一番楽しかったのでは」。岡田さんの言葉にうなずいた。

  渡辺崋山 (わたなべ・かざん)
 1793~1841年。画家、蘭学者。田原藩の江戸藩邸生まれ。家計を助けるため絵を学び、後に西洋画の写実的な画法を取り入れ、独自の肖像画を確立。国宝の「鷹見泉石像」や国重要文化財の「千山万水図」などを描く。蘭学者の小関三英や高野長英とも親交を持った。「毛武游記」によると崋山は10月12日から11月初めまで桐生に滞在。途中、下野(栃木県)足利などにも足を延ばした。桐生の後、三ヶ尻(埼玉県熊谷市)に向かったらしい。

 文・佐藤憲一
 写真・安川 純

古風な洋風建築「機声」も

 長く養蚕や織物業が営まれてきた桐生の地に町が作られたのは、徳川家康が江戸入りし関東を領地としたのがきっかけ。1591年に町づくりが始まり、1600年の関ヶ原の戦いでは家康に大量の旗絹を献上。絹織物の生産が盛んな直轄領として発展した「桐生新町」は、「西の西陣、東の桐生」と並び称されたという。「幕府は織物産業を栄えさせ、税収を増やそうとした。風水を考えた2社2寺を配置した町づくりも、江戸にならった」と、郷土史に詳しい古書店主の奈良彰一さん(79)に聞いた。

水道山公園の展望台から見晴らす桐生中心部。崋山の記念碑も設置されている
水道山公園の展望台から見晴らす桐生中心部。崋山の記念碑も設置されている

ノコギリ屋根の織物工場を改装した「ベーカリーカフェレンガ」
ノコギリ屋根の織物工場を改装した「ベーカリーカフェレンガ」

 桐生の織物は、明治以降も西洋の技術を取り入れ絶頂期を迎えた。町中には桐生織物記念館、 けんねん 記念館など大正、昭和初期のレトロな洋風建築が多く残る。中でも「織都」の象徴は、ノコギリ状に三角屋根が連なる織物工場だ。市内に約170施設が残り、工場の役目を終えた建物もカフェなどに利用されている。

 織物メーカー、森秀織物の「織物参考館“ ゆかり ”」では、ノコギリ屋根を内部から見学できる。三角屋根の傾斜の緩い南側には何もなく、垂直に近い北側だけ天窓がある。「北を向く窓から一日中、同じ明るさで柔らかい光を工場の中に取り入れることができ、織物に適している」と、案内してくれた長谷川博紀社長(55)。

 町を流れていた水路の水車で動かした ねん 機に始まり、館内には明治から昭和にかけての織機など1200点が展示されている。ひときわ目を引くのが、幅広の高級裏地などを輸出用に手織りした明治時代のジャンボ高機。幅2・5メートルほどあり、3人がかりで織ったという。「現存するものでは日本最大級です」と長谷川さん。手織りのほか染色を体験できるコーナーがあるのは、糸を先に染めて織る先染めの産地だからだ。

 見学の最後は現役の工場。お守りの生地などを織る織機がシャカシャカと小気味良く織都の「機声」を刻んでいる。

 ●ルート 東京・浅草駅から東武特急「りょうもう」で新桐生駅まで約1時間45分。同駅から桐生駅までバスで約20分。東京駅から新幹線の小山駅か高崎駅でJR両毛線に乗り換え桐生駅へ向かうルートも。

 ●問い合わせ 桐生市観光物産協会=(電)0277・32・4555

[味]ひもかわうどん 延ばすひと手間

 桐生の名物、ひもかわうどんは、元々冬場に食べられていた幅広のうどん。群馬県には同じく幅広の麺、おっきりこみもあるが、「小麦粉と水だけで麺を作るおっきりこみと、塩を使い、うどんの麺を平たくしたひもかわは、材料から違う」と明治20年(1887年)創業の老舗うどん店「藤屋本店」((電)0277・44・3791)の藤掛将之さん(43)。

 同店でつけめんの かも せいろ(1750円)=写真=をいただく。幅3、4センチもある麺の存在感に目を奪われ口に入れると、鴨肉やモチの入るつけ汁がつるつるの麺に絡み、のどごしのいいこと。麺を重ねず薄いままで食べるのがこつと見た。同店ではふつうのうどんも出すが、「麺を薄く延ばすのに力がいるので、ひもかわのほうが大変です」という。

ひとこと…峻烈な自然も堪能

 崋山は、二つの橋の間の峡谷に、岩と急流の見事な景観が見られる高津戸峡(群馬県みどり市)にも出向いている。「渡良瀬川の水上に左右より いわお 競ひ出て」「ものゝふの剣もて戦ふ ごと く、急流これにせかれて百千の玉となり」(毛武游記)。江戸の暮らしに慣れた崋山に、 しゅんれつ な自然はかなり魅力的だったようだ。

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