名門女子校で育まれるメンタルと自己肯定感…辛酸なめ子<56>
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赤と緑の派手な100円パンツをクラスメイトに配る
横浜の名門女子校で、独自の個性を発揮していたSさんとお会いしてお話を伺うことができました。仕事でお世話になった編集者さんの仲の良いご友人で、女子校の魅力を体現しているような存在とのこと。実際お会いしたSさんは、服もおしゃれで知的なたたずまい。中高時代もきっと目立っていたことと拝察しました。
まず、在学中はどんな活動をされていたのでしょう、と伺うと……
「委員長職をやっていたのと、新聞部で活動しながらバンドもやっていました」
とSさん。人望があっておそらくファンもいたのでは?と言うと、
「いや、全然そんなことはないです」と謙遜されるSさん。
「ふざけて下ネタばっかり言ってた記憶があります。中学1年生のとき、クラスで一致団結しようみたいな話になって、皆でお
クラスメイトはノリがいい感じで受け入れてくれたとか。
「みんな好きなことをやってるから、頭ごなしに否定する人はいなかったです。人間関係のもめごとも私は全くなかったです。いじめもなかったと思います。運動部は熱い感じでぶつかり合っていたみたいですけどね」
卒業後「どうしても会いたいっていう後輩が」と先生から呼び出し!?

熱いといえば別の方向でも盛り上がっている人たちがいたそうです。
「中2か中3くらいのときは、男子がいないぶん、憧れなのか恋愛感情なのか女友だちに執着心を持つ人もいました。休み時間のたびに手紙を交換してる二人組とか見かけましたし、仲が良い子が別の子と浮気みたいになって傷ついてる子とかもいましたね」
女子校の通過儀礼というか、より深い人間関係を体験するために必要な過程なのでしょう。何十年後かにはきっと美しい思い出に……。Sさん自身も憧れの先輩がいたそうです。
「私は中1のとき、高1にMさんという憧れの先輩がいました。その人の影響でドラムを始めたんです。ガチ恋でしたね。むちゃくちゃかっこよかったです。パーマかけててスタイルもよかった。目立っていて人気なのはバレーボールやバドミントン、テニスかバスケ部だったのでMさんはニッチな存在でした。ほとんど話したこともないのですが、Mさんの影響で新聞部にも入りました。今どこで何をしているのか全くわからないです……」と、遠い目になるSさん。
女子校時代の憧れの存在というのは特別で人生においても大きな影響を及ぼします。好きな本や音楽、映画など、多感な時代の情報交換はかなり貴重だったと大人になってから気付きます。
「私自身も後輩から夢中になられたことがあって……」と、Sさんは遠い目のまま話しはじめました。
「軽音部で3個下の後輩で、その子私のこと好きそうだなって思ってたんです。変わった子でちょっと病んでる雰囲気もありました。女子校ではバレンタインのときに皆でチョコを贈り合うんですが、私もその子にもらってました。当時はそのくらいしか交流がなかったんですが、卒業後に学校から連絡があったんです。Sさんにどうしても会いたいと言ってる子がいるから来てくれないか、って」
3つ下なので、Sさんが大学に進学されたあとも、その残像を追い求めていたのでしょうか。さりげなく仲を取り持つ先生もいろいろな意味で信頼できます。後日、その後輩と会って世間話程度の短い会話をしたそうですが、後輩にとってはおそらく一生の美しい思い出に……。Sさんは女子校では後輩にモテそうな雰囲気です。
「そこそこ前に出る機会が多いので、チョコをもらう機会はわりとありました。でも、優等生タイプではないし、成績は全然でしたね。でもあの学校の良いところは、成績の順番が貼り出されないこと。私は自分が何番目なのかわからなくて、多分真ん中より下なんだと思いますが、気にしなかったですね」
自由な校風の女子校では、成績なんて気にせず、人と比べることもなく、自己肯定感が高まるそうです。
「ムダに自己肯定感が高くて、成績が悪いのはやってなかったから、本気出せばいける、と思ってました」
AO入試で早稲田大学に合格されたそうなので普通に優秀でいらっしゃいます。
「私は学歴
その感覚、わかります。男性の出身高校が東大合格者ランキングの良い位置にあったりすると内心テンションが上がったり……。
「この前、Cちゃんというすごいかわいい同級生の子に久しぶりに会ったんです。バドミントン部で、まじめで頭も良くて、
浅野とは地理的にも近く、仲が良いので交流が多いそうです。男子校が周辺になかった女子校に通っていた身としては羨ましいです。
「栄光学園、聖光学院、浅野が近くて、登校時にもよく見かけました。栄光は一番まじめで勉強ができる。聖光はちょっとスカしてる感じ。浅野はおちゃらけていてお笑いっぽい、という印象でした」
いっぽう、石川町の名門女子校にもキャラクターの違いがあるとか。
「横浜雙葉はお嬢様で、横浜共立学園は勉強してる。フェリスはちょっと派手なイメージですね」
Sさんはバンド活動をしていたため、音楽系のボランティアイベントなどで、神奈川県や都内の私立中高と交流があったそうです。
「ボランティアスタッフをやっていて、交流の場となっていました。男女問わず100人くらい参加していました。聖光、浅野、横浜雙葉、洗足学園、東洋英和の人と仲良くなりました。健全な雰囲気でした」
在学中は「うちら最強」みたいな圧倒的感覚
まぶしすぎる青春です。青春といえばSさんは、高校生の象徴ともいうべきあるアイテムに強い思い入れがあったそうです。
「私は小学生のときからルーズソックスに憧れていて、横浜の女子校の中でもルーズがオッケーな校風だったので第一志望にしたんです。ルーズはくためにこの学校に入ったと言ってもいいかもしれません。でも、入ってすぐに校長先生が代わって、ルーズがダメになってしまい……、聞いてないよって思いましたね。中1からはくと生意気と思われるので、結局1日もはけなかったのがショックでした。ある程度頭良いのにギャルっぽいのがかっこいい、と小学校の頃から憧れていたんです」
それでも、制服の中で自由に選んでOKなニットを古着にしたりして、こなれ感を出していたというSさん。ルーズがはけなくても学校生活を
「自分たち最高って感じで生きていました。守られた空間だったし、世間知らずだったし、無敵感があった。でも卒業後、壁にぶつかって疑問を感じる時期はありましたね。社会に出て、おじさんたちにふつうの女の子の一人みたいに扱われるとか衝撃じゃないですか。中身は男性にも負けない気持ちでいたのですが……。そのギャップがすごくて戸惑いました。求められている女性像に合わせて順応していく子もいましたし、ハラスメントを受けて心が折れちゃう子もいましたね」
Sさんは「自意識がすごい過剰だったんで、ギャップがしんどかったですね」と話します。仕事の対人関係だけでなく、男女交際においても、自由に自己表現したり自分の意見を主張したりすると、相手との関係が悪くなることに気付いてショックだったそうです。でも、そんな男性との別れ話やもめ事をエンタメ化して、友だちにおもしろおかしくエピソードを話す、というサービス精神の持ち主だとか。ネガティブなできごとも逆手に取ってネタにしてしまうのは、女子校出身者ならではの処世術かもしれません。
「友だち同士、彼氏の話をしても、どんな
「Sさんって強いんです。自分のことを信じてる。それが女子校での6年間で育まれていったんじゃないかって思います」と、同席のSさんのお友だちも人柄を評価。
「在学時は、異性とかいないけど、うちら最強、みたいな感覚が圧倒的にありましたね。わりとゆるがない自信みたいなのが芽生えたかもしれません。大人になって、男性に否定されたり、仕事を否定されたりしても、こいつわかってないだけじゃない、と思える。その強さが女子校で育まれた財産の一つかな、と思います。周りの友だちもサクサク離婚しているし、仕事においてもみんなそれぞれ苦労してますけど、打たれ強くて、ゆるがない自信みたいなのは醸成された部分がありますね。女子校時代の友だちに対しては、あんた最高だから胸を張って生きろって思います」と、Sさんは熱いエールを送りました。
女子校の6年間で育まれるのは熱い友情と、同じ時代を生きている同級生との連帯感。類魂というか、もはや運命共同体のようです。お互いを応援し合うポジティブな思いのパワーで、女子校出身者は前向きに人生の荒波を乗り越えていけるのでしょう。



























