男女交際よりも耽美的な脳内恋愛が育んだ文学的感性…辛酸なめ子<58>
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この学校に通うことは生まれる前から決まっていた
笠間書院から第一歌集「ツガイムスビ」を出版された歌人の淀美佑子さん。思春期から青春時代、そして現在までの「性」や「恋愛」をテーマにした歌が並んでいて、拝読しながら乾いた心が潤ってくる感覚があります。歌人の笹公人さんの会でたまにお目にかかる淀美さんは、和服も着こなす
歌集には、女子校に通っていた頃の思い出を詠んだ歌もあります。
「教壇で『舞姫』語るセンセイもずるくて
早熟で感受性の高い少女の姿が浮かびます。本の中で、当時のエピソードについて
「特別な不幸なんてなにもない。与えられる生活が恵まれていることはよくわかっている。けれど自分で選んで決められることなんて、読む本くらいだ」
文学少女として当時から才能の
「この学校に進学することは生まれる前から決まっていたんです」とおっしゃる淀美さんは、歴史のあるお寺に生まれ育ったそうです。
「祖父母が学歴意識が高く、祖母は女学校育ち。先進的で、女の子は日本女子大に行かせるって決めていたそうです。当時は女子教育の最先端でした。いとこも日本女子大学附属に通っていて、私は幼稚園受験で入りました。面接の練習をさせられた覚えがあります。『日本女子大学附属豊明幼稚園』って呪文みたいだなと思いながら、それだけ言えるように覚えました」
お嬢様が多い同窓生宅では孔雀やプールも普通に
中高だけでなく、幼稚園から大学まで通ったという生粋の日本女子大学育ちでいらっしゃいました。幼稚園や小学校から入る方は、やはりお嬢様が多いのでしょうか。
「私の子供時代はバブル期だったので、お嬢様が多かったです。社長さん、お医者さん、政治家の娘さんなど。お家にテニスコートやプールがあったり、
プールや孔雀など、正統派なイメージです。
「みんな地頭が良いし、見た目が良い子も多かったです。小学生なのに政治力があって先生を操る子もいました。幼稚園から大学までいたので、嫌いな子がいても縁が切れないんですよ。小学校や中高など受験で外部から入ってくる生徒がいるので、新しい友達が増えるのが楽しみでした。こっちは分け隔てなく接しているつもりでも、内部生はすぐわかる独特の雰囲気があるので、最初は遠巻きにされていたみたいですが……」
処世術が鍛えられそうな環境です。中高ではスター的な存在はいたのでしょうか。
「目立つ人や突出している人がたくさんいるので。特に
幼い頃から本物に囲まれてセンスも才能も磨かれている生徒さんが多いのでしょう。夢を諦めるのが早すぎな気もしますが……。
「でも、文章を書くことだけは続けてこられました。課題などで文章をめちゃくちゃ書かせる学校だったんです。だから、小論文でもちょっとした文章を書くのは苦じゃない。それは良かったですね。私より優れた人はいっぱいいたけれど、やらざるを得ないものだけ残りました」
女子校は自分の意思やスタンスをはっきり示せる

女子校時代についての短歌を拝読すると、中高時代に男女交際など青春を体験されていたのかな、と思いましたが……。
「男子と触れ合う機会はなかったですね。男子校の文化祭に行く人はいたと思いますよ。私はオタクグループだったのでコミケとかに行ってました。男子校も近くになくて、目の前にないものには欲も湧かない。女子だけでも楽しかったです」
恋愛の歌は、女子校を卒業して大学に入ってからのエピソードだったようです。女子校時代はあまり男性に良いイメージはなかったそうで……。
「女子校時代は痴漢の被害が多かったです。スカートを切られる子もいて、本当怖いですよね。山手線乗ってる友達が多くて、池袋がギュウギュウになって危険だとか情報交換してました。男性への怒りは植え付けられましたね。女尊男卑みたいな感覚があると思います」
私の母校でも、電車で痴漢の手を安全ピンで刺したとか、怖いもの知らずのエピソードを聞いたことがあります。残念な男性と接すると、恋愛へ意識が向かなくなるのもわかります。いっぽうで早熟で好奇心旺盛な淀美さんは、主に小説などで脳内恋愛を体験していたようです。
「中学時代からフランス文学にハマって、マルキ・ド・サドの小説やポーリーヌ・レアージュの『O嬢の物語』など
淀美さんの耽美な青春、親近感が湧いてきます。私の母校でもサド侯爵や沼正三の小説、O嬢の物語など一部でブームになっていた記憶です。女子校ならではの、先輩に憧れた思い出もあるそうです。
「大好きな先輩とかいましたよ、運動系でなく、文化系のクラブの知的でスポーティな雰囲気の先輩でした。バレンタインにチョコをあげたこともあります」
文化系なのにスポーティ、その意外性が素敵です。高校では半私服でパンツも選べたとのこと。パンツスタイルのイケメンキャラの先輩がいたらモテそうです。
「その当時は女子高生ブームで、ルーズソックスも
さすがお寺の娘さんは10代から達観しています。
歌集には「女子校の教室せまし頑なにルーズソックス拒みしわれに」「それらしくソックタッチと称すれどふくらはぎへと塗られし糊よ」という歌も収められていて、ルーズソックスブームへの強烈な抵抗感が伝わってきます。ギャル文化が盛り上がりつつあった時代、自分は軽薄な同調圧力には迎合しない、というプライドを感じさせる作品です。
「女子校に通ってよかったのは、自分の意思やスタンスをはっきり示せるようになったことですね。女子校ではお互い本心をさらけ出していました。今も、苦手なタイプの人は寄ってこないし、仲良くできる人しかそばにいないですね」
物おじしない、周りの目を気にしない強さが短歌にも表れています。幼稚園から大学まで「箱入り娘」だったと語る淀美さん。でも、その箱は、箱庭療法のように好きなだけ自分の世界を表現できる安全で理想的な空間だったようです。



























