名横綱育んだ「心」継ぐ…第51代横綱玉の海を愛する会会長
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荒島伸好さん(81)
多くの人から愛された愛知県蒲郡市出身の第51代横綱・玉の海(本名=谷口正夫)の業績を伝える資料室を昨年10月に同市のホテルに開設した。小、中学校の同級生で、同じ土俵で相撲を取ったこともある玉の海の
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地域の神社や寺には土俵があり、幼い頃から玉の海らと相撲に親しんだ。
蒲郡中では相撲部に入部した。玉の海は柔道部だったが、互いの部の試合に「助っ人」として参戦しあう仲。中学途中まで相撲では勝っていたが、3年夏の市内大会の優勝戦で、柔道仕込みの引きつけて投げる技を覚えた玉の海に敗れた。
卒業後、大工となった。順調に番付を上げていく同級生の活躍を頼もしく思った一方で、修業の身の自分と比べ、引け目を感じた。
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自らを奮い立たせ、全国各地の現場を回った。しかし、玉の海は横綱在任中の1971年に27歳で急死。自身が建築会社を起こしたのは29歳で、再会はできなかった。
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「変な意地を張らんで会っておけば良かった」と悔いが残る中、転機が訪れたのは2020年。同級生たちと玉の海の墓掃除をしようと集まったことがきっかけだった。
翌年が没後50年だったことから、記念展を開こうという話になり、同級生たちと遺族や、中学時代の恩師の関係先などを回って化粧まわしや横綱の推挙状などを借り受けた。集めた品々を22年に蒲郡市内で公開すると、約1週間で全国から1500人超が来場した。
来場者の熱意に押される形で常設展示を目指すことにもなり、記念展から8か月後には同級生らで「第51代横綱玉の海を愛する会」を結成した。副会長の竹内恵子さん(71)が、経営する形原リゾート蒲郡ホテルの一室を提供してくれ、常設の資料室が完成した。
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大阪場所の宿舎となった寺で趣味のギターを演奏してくれたことや、部屋を訪ねるとちゃんこを振る舞ってくれたこと――。
資料室を訪れるファンから小、中学校時代と変わらない玉の海の人なつっこい様子を聞き、「多くの人から愛されていたんだな」と改めて実感している。
郷土が生んだ横綱の業績を展示する場所が完成して間もなく1年になる。今、伝えていきたいのは玉の海が学んだ「相撲の精神」だ。
蒲郡で相撲に親しんだ子どもたちは、相手をたたえ、謙虚な姿勢を大事にすることを教え込まれている。玉の海も学んだこの教えを伝えていくため、「玉の海」の名前を冠した相撲大会の開催を目指している。(小林岳人)
メモ 資料室は見学無料。事前予約が必要で問い合わせは荒島さん(090・2776・8893)か、蒲郡ホテル本館(0533・68・1300)。


























