伊達宗紀の余生彩った名庭 天赦園(愛媛県宇和島市)

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■■四国ヒストリア

 愛媛県宇和島市の国名勝「 天赦園てんしゃえん 」は、幕末の1866年(慶応2年)、宇和島藩7代藩主伊達 宗紀むねただ (1792~1889年)が隠居の場として造営した大名庭園だ。広さ1万1240平方メートル。池を中心にした回遊式庭園で、ハナショウブやフジなど花の名所としても知られている。

池のほとりで咲くアヤメ(4月17日撮影)
池のほとりで咲くアヤメ(4月17日撮影)

 宇和島伊達家は、仙台藩初代伊達政宗の長男、秀宗が1615年に入城して始まった。天赦園は、政宗が余生を楽しむ意味を込めて作ったとされる漢詩の一部「 残躯天所赦ざんくてんのゆるすところ 」から、宗紀が命名した。

 市立伊達博物館の上田理沙学芸員は「9代藩主が家督を継いでいた頃で、能筆家として有名な宗紀が隠居所としていた庭園。当時に思いをはせてほしい」と話す。宗紀が書に取り組んだ「 春雨亭はるさめてい 」や書院式茶亭の建物は今も残る。

伊達宗紀が書の研さんをした「春雨亭」(宇和島市で)
伊達宗紀が書の研さんをした「春雨亭」(宇和島市で)

 庭園は、公益財団法人「宇和島伊達文化保存会」が管理する。事務局の尾崎太祐総務部長は「玉石で川を表現した枯川と、周囲に敷き詰められた こけ は風情があり、個人的に気に入っている」と話す。枯川の源流は東北の方角に向くように造られ、仙台伊達家の流れをくむことを示しているという。

 標高1000メートル級の鬼ヶ城山系を借景に、クスノキや松、ウバメガシなどが植えられ、池の中央に「蓬莱島」が浮かぶ。千葉県から訪れた原雅子さん(59)は「新緑の緑がきれい。枯川もあって来てよかった」と話した。

 池をまたぐ太鼓橋のようなフジ棚で毎年4月中旬、ノボリフジが白い花を咲かせるのが圧巻だ。今月下旬からはハナショウブが見頃となる。家紋の「竹に すずめ 」にちなみ、スホウチクなど17種類が植わり、牛が伏せたような「 臥牛石がぎゅうせき 」や「綱引石」も見応えがある。

 庭園の隣では、伊達博物館の建て替え工事のつち音が響く。建築家の隈研吾さんが設計し、2028年春にオープンする予定だ。伊達家に伝わる古文書や美術品、婚礼調度品など貴重な文化財を保存する。

 同博物館の藤堂浩明・館長補佐は「現存12天守の宇和島城と天赦園、伊達博物館の3か所を伊達文化エリアとして発信していきたい」としている。(斎藤剛)

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