高級ホテルからもスタンド・竹垣を受注、「つくってくれと言われれば何でも挑戦」…京文化を支えた竹材をはぐくむ
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三木竹材店5代目 三木崇司さん 52
一貫生産
青い真竹を遠赤外線であぶると、みるみる色が白く変わる。「三木竹材店」(京都市南区)の5代目、三木崇司(52)は竹の表面に油分がにじんだ瞬間を逃さず、布で拭き取っていく。竹を焦がさぬよう台の上で回転させながら、節が白くなるまでその作業を続ける。

京ならではの技法で、真竹をつややかで丈夫にする。あぶり終わると3か月間、天日干し。その後さらに3年間、倉庫で寝かせる。京の伝統産業で、加工された竹材「

京銘竹には白竹に加え、タケノコに木枠をはめて四角く育て、硫酸や砂で斑紋を付ける「図面角竹」、
創業約150年。大学を卒業して家業に入った。近年は竹林の管理から、伐採、竹材の卸しや加工品の製作、販売まで「一貫生産」を行っている。

代表的な仕事の一つが、寺社や庭園の竹垣作り。真言宗智山派総本山・智積院では4年ごとに新調し、3月末には桂離宮の竹垣を完成させたばかりだ。意匠はそれぞれに異なる。
神様の依り代
仕事を始めて実感したのが竹の不思議な生態。1日に1メートル以上成長することがあり、3か月間で高さ10~20メートルにもなる。竹林の竹は全て地中の茎でつながっており、周りの竹がタケノコに養分を補って育てる。

「竹は神がかった成長の速さで、昔の人々も注目したはず。支え合う姿を含めて人生の『道しるべ』と捉え、魅力を感じたからこそ、竹材が身近に広く使われるようになったのではないか」と考えるようになった。
平安時代には「竹取物語」が広がっていたように、竹は古来、籠、ザル、箸、釣り
またそれ以上に「神様の
茶道具製作
需要の高かった竹材だが、昭和の後半期には、プラスチックなどの代替品に取って代わられた。1960年に約1300万束だった生産量は近年、100万束前後にまで減っている。

そうした状況の中、竹材の認知度向上を意識した仕事を増やしている。「竹の良さはまだまだ知られていない。竹が空洞で、節があることを説明すると驚かれることも多い」と話す。
近年、訪日客が訪れるホテルとの取引も。「ハイアットリージェンシー京都」からは、アフタヌーンティーのスタンドや箸を受注。「フォーシーズンズホテル京都」では、長さ約100メートル、高さ2メートル以上の竹垣を手がけた。「子どもの頃から器用なほうだった。『こんなものをつくってくれ』と言われれば、何でも挑戦している」と笑う。

作家が減って花器や菓子切りなどの茶道具作りも始めた。
自ら茶もたしなむ。2年前には店の敷地に茶室をしつらえた。茶室は裏千家の千宗室家元に「
「竹を知ってもらうことは日本文化の振興にもつながる。職人の育成とともに、竹の普及活動を続けたい」。強く、柔らかに文化を育てていく。 (敬称略、夏井崇裕)




























