高校生「核廃絶世界に発信」 親族に被爆者 矢沢さん、秋山さん NPT会議合わせ米へ
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米ニューヨークで27日に開幕する核拡散防止条約(NPT)再検討会議に合わせ、世界約8600の都市が加盟する「平和首長会議」(会長都市=広島市)が県内の高校生6人と大学生2人を現地に派遣する。メンバーで、被爆者の親族を持つ広島大付属高2年の矢沢輝一さん(16)と秋山


矢沢さんは中学2年の頃、母の勧めで地元紙のジュニアライターになり、被爆者を取材した。涙を流しながら話す被爆者の姿を見て「体験を継承し、発信していかないといけない」と考えるようになった。その後、全国の若者と平和について語り合うイベントや核兵器廃絶を求める署名活動に参加してきた。
昨年6月、東広島市に住む曽祖母の弟の宮川静登さん(96)が被爆者だったことを知り、夏休みに話を聞き取った。
1945年8月6日、16歳だった宮川さんは、爆心地から約3キロの尾長町(現・広島市東区)で被爆。強い光に包まれて爆風で吹き飛ばされ、顔は血だらけになった。隣を歩いていた上級生は背中の肉が裂け倒れていたが、宮川さんは声を掛ける余裕もなく立ち去り、「今でもずっと後悔している」と話したという。
矢沢さんは「原爆の恐ろしさを改めて身にしみて感じ、核兵器の問題をより身近に考えるようになった」と振り返る。一方で国際情勢が緊迫する中「各国は核兵器に対してどう考えているのか」と思い、平和首長会議の派遣事業に応募することにした。派遣は各校から2人ずつで、矢沢さんは小学生の頃からの友人の秋山さんに声をかけた。
秋山さんは曽祖母が原爆投下翌日、夫を探しに広島市内に入り、被爆した。曽祖母は戦後も生き延びたが秋山さんが生まれる前に他界。詳しい話を知らなかったため今回の派遣を機に自分の背景を知ろうと初めて祖母から経緯を聞いた。
2人は現地のイベントでスピーチする予定で、NPTや核兵器についても詳しく調べている。矢沢さんは「核兵器の恐ろしさを世界中に伝えたい。核軍縮に向けた効果的な取り組みなどを各国の若者と議論したい」と話す。秋山さんは「平和な生活の尊さを伝えたい。自分たちが担っていく未来にも目を向けたい」と力強く語った。


























