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[未来へ]<4>パフォーマーに光を…「官」離れ起業 個性派磨く

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 今月9日、那覇市の公園に複数のバスケットボールの音が反響した。ボール三つを手と腕に抱えた元国家公務員の仲宗根潤治さん(43)(那覇市)は、別のボールを高く蹴り上げ、ジャグリングのように四つ同時に頭上で回し始めた。華麗な技の数々をクールに決めると、厳しい表情を和ませ、「お客さんの反応はボールが増えるほどいいんです」と笑顔を見せた。

四つのバスケットボールを自在に操る仲宗根さん。「みんな好きなことを追い求めてほしい」と語る(9日、那覇市で)=田中勝美撮影
四つのバスケットボールを自在に操る仲宗根さん。「みんな好きなことを追い求めてほしい」と語る(9日、那覇市で)=田中勝美撮影

 ハンドリングやドリブルの技で魅了する「フリースタイルバスケットボール」の国内第一人者。2016年にプロに転向して「JJ」の通称で活動し、神業と称される手さばきでボール四つを同時に回転させる時間など、五つの記録がギネス世界記録に認定された。

 4人きょうだいの末っ子で、幼い頃から3人の兄姉の背中を追ってバスケに打ち込んだ。沖縄ではテレビで米軍基地向けの番組が受信でき、本場・米国のプロバスケ(NBA)の試合にかじりついた。

 県内で一時代を築いた大田 欣伸よしのぶ 監督率いる強豪・興南高バスケ部に入った。目標としたNBA選手のビデオをテープがすり切れるほど見返し、バスケ漬けの生活を送った。ただ、周囲は県内で指折りの選手ばかり。最後の大会でベンチ入りはかなわず、卒業後は趣味と割り切った。

高架下のコートで技磨く

 「人の役に立ちなさい」。父・太郎さん(故人)の勧めもあり、高校卒業後に目指したのは公務員だった。専門学校を経て、00年に21歳で沖縄開発庁(現・内閣府沖縄総合事務局)に採用された。公共工事の用地買収や観光振興など沖縄の発展に関わる業務に携わり、「自分の仕事が形になることがうれしかった」。

 04年には東京・霞が関に異動。その頃、スポーツ用品のCMに映し出されたフリースタイルバスケの妙技を見て、「自分がやりたかったのはこれだ」と再び火がともった。「うまくなりたい」一心だった高校時代のように、都内の公園や高架下のコートに繰り出し、仲間と技を競った。

 07年に国内の大会で優勝して日本一に。当時、ボール二つを同時に操るスタイルは珍しく、独創性が観客の喝采を浴びた。その後は公務員として勤務する傍ら、イベントなどに無償で出演する生活を送った。沖縄に戻ったのは11年。係長に昇進して仕事が充実する反面、パフォーマーとしての活動時間に制約を感じるようになった。安定した職を手放すことへのためらいもあり、気持ちが揺れた。

 背中を押したのは、元気だった父の死だった。がんと分かってわずか3か月という急な別れに、我が身を振り返った。「未来を心配して今日を生きるのではなく、やりたいことをやろう」。独立を決意し、16年間勤めた職場を離れた。

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