令和の湯街も沸かす 「第三の居場所」若者集う
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銭湯が脚光を浴びている。都内の銭湯は戦後のピーク時から2割以下に減ったものの、コロナ禍を経てネットとの距離を置く「デジタルデトックス」などを求める若者の利用も増えているという。その仕掛け人は、異業種の経験を生かす跡取りや有名デザイナー、インフルエンサーたち。多様な人たちが次々に参入する新たな銭湯文化の魅力に迫る。
■店構え一変
小田急線狛江駅から徒歩3分。閑静な住宅街の建物1階に、真っ白なのれんがかかる。日本で2番目に面積が小さい市、狛江にある銭湯「狛江湯」だ。ガラス張りの引き戸を開けると、若いスタッフが「いらっしゃいませ」と出迎える。
打ちっ放しのコンクリートの壁、柔らかな光の照明。バーカウンターとしても使われる番台では、クラフトビールが提供される。2023年、銭湯らしからぬ装いに生まれ変わった。「『生活インフラの銭湯』から『未来に必要とされる銭湯』へ」。空間には3代目店主西川隆一さん(46)の夢が詰まっている。
1955年に母方の祖父母が創業した。2代目は4姉妹。伯母たちが番台に立つのを見て育った。西川さんは、多摩美術大学卒業後、映像制作会社に就職。「いずれ店を継ぎたい」とぼんやりと考え、20歳代後半から狛江湯で働いた。
当時の建物は入り口が奥まった位置にあり、客は常連が中心。「店構えを変えて、人を呼びこみたい」。伯母らには改装が必要だと訴えていた。
転機はコロナ禍。緊急事態宣言で街から人が消えても、銭湯は「社会生活の維持に必要」として都の休業要請の対象外になり、一度も休まなかった。「コロナで社会が混乱しても、お客さんに必要とされた。『まだ続けられる』という手応えが残った」と振り返る。
改装に消極的だった伯母たちも、「やってみたら」と促すように。2021年10月、正式に3代目に就任した。
■有名建築家
理想の姿を求め、リニューアルした各地の銭湯巡りが始まった。目に留まったのは、20年に改装した墨田区の「
設計を手掛けたのは「スキーマ建築計画」(渋谷区)の長坂
「小さな銭湯の相手をしてくれるのか」と思ったが、
2人は毎週のように打ち合わせを重ね、課題だった入り口は通りに面した場所に移した。浴場の壁と床を埋める淡いグリーンのタイルは特注だ。水と緑に恵まれた狛江をイメージした。
デザインこそ斬新だが、配管やタイル張りは、狛江湯と長年付き合いのある業者に依頼した。「お風呂をつくる職人さんと銭湯は一心同体。彼らの生活も守りたい」。西川さんにはぶれない芯があった。
■求人に殺到
23年4月、新たな狛江湯が誕生した。熱した石に水をかけて蒸気を出す「ロウリュウ」のあるサウナを設置。その存在は瞬く間にSNSや口コミで拡散した。
デザインを一目見ようと海外で建築を学ぶ学生が訪れ、制服の女子高生が牛乳瓶を持って「かわいい」と写真を撮る。7、8割が男性客だったが、今では女性が半分ほどで、30歳代以下の利用者も多い。
もちろん、常連への配慮も忘れなかった。お年寄りが日中に利用しやすいように、改装後は開業時間を午後3時から同1時に早めた。
働き手も変わった。インスタグラムで出した求人には応募が殺到し、従業員は約30人に増えた。
「会社でも家でもない、第三の居場所」。昨春から働く山本
山本さんは、定期的に狛江湯の入り口付近で開くイベント「えんがわ市」の企画も担当。菓子や雑貨などを売る店は市外から呼ぶ。「ほかの街の風を入れ、外の人にも狛江を知ってもらいたい」という西川さんの思いを支える。
産業としての銭湯の衰退は著しい。相次ぐ閉店を惜しむ長坂さんは、「銭湯には街を変える力がある。地域に受け入れられることで必ず再生できる」と訴える。西川さんは「銭湯は今、特別な時間と空間を楽しむ場所になった。新しい価値観や文化が発信できることを示したい」と意気込む。


























