[政治の現場]維新研究<5>自民との距離 手探り…老練さ警戒 閣外協力に
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日本維新の会には、自民党への親近感と警戒感が同居している。連立を組んだ今も距離感を模索中だ。

「維新が国政で過半数を取るのは100年かかっても難しい。夢に見ている政策をやり切るんやったら連立に入ってええ」
10月20日夜、維新大阪府議の三田勝久(66)は大阪市のすき焼き店で、この日合意された自維連立への思いを吐露した。2003年府議選で初当選した同期の会合で、当選年の「平成15年」と「一期一会」の「いちご」をかけて、「いちご会」と呼ばれる。
メンバーには地域政党・大阪維新の会の前代表、松井一郎(61)や元幹事長の今井豊(69)ら維新草創期を支えた面々が多い。会合には政界を引退した今井も駆け付け、歴史的な一日の感慨に浸った。
維新の大阪組には、選挙で自民と
維新のルーツは、大阪府知事だった橋下徹(56)の改革姿勢に共鳴した松井ら府議6人が自民会派を飛び出し、09年に結成した「自民党・維新の会」だ。翌年に旗揚げされた大阪維新に参加した地方議員30人のうち26人は自民出身だった。
橋下らは12年に、非自民の改革保守勢力の結集を目指し、国政政党「日本維新の会」を設立した。元東京都知事の石原慎太郎が率いる「太陽の党」と合流し、大阪以外での基盤強化を急いだ。初陣となる12年衆院選で54議席を得て野党第2党に躍進。「結いの党」との合流を巡り路線対立が激化し分党を余儀なくされた。合流して「維新の党」を結成したものの、再び分裂し、16年に日本維新の会に党名を戻した。
自民を見限った勢力が作った維新だが、自民の「DNA」が受け継がれていることも事実だ。大阪以外での党勢拡大が頭打ちとなった維新にとり、親和性の高い自民は格好の連立パートナーになっていった。閣僚は「元自民が多い維新とは、案外うまくやれるはずだ」と期待する。
とはいえ、自民の老練さも知るゆえに過度な接近を危ぶむ向きは少なくない。
「安売りするなよ」
10月13日、閉会日を迎えていた大阪・関西万博の会場で、松井は、日本維新の会共同代表の藤田文武(44)を呼び止め、連立を決めても閣外協力にとどめるよう、くぎを刺した。
代表の吉村洋文(50)は党幹部に電話で「(首相に就く)高市さんが閣僚を2人出してと言っている。やりましょう」と伝えていた。だが、「自民は(妖怪の)
閣僚を出さない「半身」で臨んだ臨時国会での成果への評価は維新内で分かれている。11月に閣議決定された総合経済対策で、維新は、電気・ガス代への補助の大幅増や、「租税特別措置や補助金の適正化」の明記を勝ち取った。だが、本丸の衆院議員定数削減法案は先送りとなり、社会保障改革も道半ばだ。
松井は今月17日の民放番組で「維新の背骨は改革マインドだ。背骨を抜かれるくらいなら(連立を)離脱した方がいい」と警鐘を鳴らした。維新幹事長の中司宏(69)は20日、大阪市の党本部での常任役員会で「自民に取り込まれないように気をつけて取り組んでいく」と誓った。
一方、連立政権内の調整を主導する維新国会対策委員長で首相補佐官の遠藤敬(57)は逆に自民を変革することに自信を見せる。「改革マインドとかいいものは取り入れてもらうよう自民をじわじわ侵食していく。取り込まれるなんて思ったことは一度もない」
議員数で圧倒し、政権運営の経験が豊富な自民を変えていけるのか。はたまた維新が骨抜きにされてしまうのか。連立内のパワーゲームは始まったばかりだ。(敬称略)


























