切なく無残な国民の「覚悟」、今も変わらぬ「手のひら返し」…さだまさしが「戦争投書」を読んで感じたこと
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読売新聞オンライン(YOL)の「Web気流」に「戦争投書アーカイブ~わたしが見た戦争」を開設しました。被爆地・長崎市出身のシンガー・ソングライターのさだまさしさん(71)に、投書を読んでもらい、感想を聞きました。
太平洋戦争序盤に叫ばれた「覚悟」

いやあ、面白かったですね。印象に残った投書がいろいろありました。
年代順に見ていくと、1942年頃の投書には、切ないほど「覚悟」を語る投書が多かったです。勝たなければいけないという覚悟はあるのか、国が存亡をかけて戦っているときに貴様は何をしておるって。驚いたのは、ふすまの引き手の金属まで供出せよっていう投書。当時すでに、ここまで追い詰められていたのでしょうか。
43年になると、一気に投書が殺伐としてきますね。物の不足に「文句言うな」とか、「工夫しろ」とか。多くの投書で「日本人の誇り」といった思いを語っていました。精神論に入っていたのでしょう。戦争ってここまで人を追い詰めるんだと思いましたね。
戦況が悪化 投書から見える「心の廃れ」
戦況が厳しくなる44年頃には愚痴や非難が増え、人心が荒廃する様がはっきりと読み取れます。物資供出の中で指輪をしている人への怒りや、着飾る女性への文句もひどかった。
敗戦へと向かって全てが落ちていくのが伝わります。人間を爆弾代わりに使うという発想も普通となります。敵国だけが悪で、自国は正義の戦いをしている――。そんな風に社会の常識や正義が壊れているんです。戦争している国はみんなこう言いますね。
終戦直前、敗戦が見えていても鼓舞する国民の無残さ
45年も4月を過ぎると、公然と当局批判になってきました。同時に、報道を信じないという風にもなっています。当局のやっていることは間違いだらけだと分かっているけれど、それでも生活は続きます。
一方で、終戦直前でも、投書では国民を勝利へと鼓舞しているんですよ。敗戦濃厚にもかかわらず、そう訴えるしかない国民の気持ちは無残ですね。
でも、そのときに生きていた人たちの気持ちを考えると、みんな一生懸命生きているから、後の時代の人がこの時代の人を馬鹿にすることは、僕は許せません。勝たないと全部殺されると思っていただろうから、それくらい必死だったんです。この頃の投書は、悲壮感が先に伝わり切なくなって、冷静に読めませんでした。
終戦に向かって、投書も凄絶になっていきましたね。政治家何してるんだお前らも戦えとかね。ここまできたかと。
「責任は一億全ての肩」 この人に会ってみたい

終戦間近の45年8月2日の「ポツダム宣言を読んで血が逆流するのを覚えた」と書かれた投書が強く心に残っています。
<連合国は戦争犯罪人を処罰するなどと言って、国民は戦争犯罪人でないかのごとき印象を与えているが、戦争の責任は一億全ての肩にある>(抜粋)。
こんな公平な人が当時もいたんだなあ。これを書いた人に会いたいと思いましたね。戦争犯罪人として裁かれた人にだけ戦争の責任があるわけではないでしょう。新聞だって戦争を賛美しました。そうせざるを得なかった事情があったとしても、国民が負うべき責任はあったと思います。
そして終戦を迎えると、敗戦国ってこんな惨めなんだという嘆きとともに、敗戦したからといって女子どもの堕落はなんだと嘆く男がいっぱいいますね。男も堕落しているんですけどね。
今もいる 結果を見て手のひらを返す人
45年10月にすごい投書がありましたね。「今にして余りにも平和愛好者の多かったことに驚く」という書き出しです。皮肉ですね。これは胸にズキズキきました。ああ、あなた国に協力しなかったんですか、それは国にとって正しい行いだったんですか、それともあなたは命を懸けた人間の行いは恥ずべきことだったって言うんですか、っていうこの叫びはね、僕はもう拍手を送りました。
今もこういう結果を見て手のひらを返す人は多いですよ、本当に。この会社はつぶれると思ってた、うわさは聞いてたけど知りませんでした、って。
日本人はもっと戦争の勉強をしなきゃだめですね。特に40~50歳代の大人にこそ戦時下の投書を読んでもらいたい。切々とした食べ物への苦労を知らない世代が高齢者となる前に、客観的にこの国のこと、そしてこの国の戦争を語れるかどうかは、将来にとって大事なことです。僕を含めた老人軍としては、そうした知識を持った戦力がほしいものです。
価値観は人によって違うけど、勉強してから語ろう。何が正しくて何が間違っていたのか、戦争投書を通して是々非々で感じてほしいです。(聞き手 服部有希子)
プロフィル
さだ まさし 1952年生まれ。73年にフォークデュオ「グレープ」としてデビュー、「精霊流し」で注目を集めた。76年にソロとなる。主なヒット曲は「雨やどり」「関白宣言」など。2023年にデビュー50周年を迎え、記念アルバム「なつかしい未来」をリリースし、アニバーサリーツアーも開催。










































