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日航123便 航跡と証言

 1985年8月12日午後6時12分、羽田空港を飛び立った日本航空123便。その後「御巣鷹の尾根」に至るまでの44分間に何が起きていたのか。
 航空事故調査委員会(現運輸安全委員会)が1987年6月に公表した「事故調査報告書」に基づき、飛行状況とコックピット内の音声記録(抜粋)を地図と動画、文字で再現した。
 そして今回、読売新聞が独自に入手した「日航機墜落事故事件の捜査記録 捜査編」(群馬県警作成、未公表)から、生存者4人と目撃者の証言も初めて掲載した。

墜落までの経過が、音声記録(文字)とともに詳細に記されています。閲覧する場合はご留意ください。

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【制作】
デザイン部:高橋亜実、佐久間友紀、吉田均 
生活部:石原宗明 社会部:森田啓文
2025年8月12日公開
18時12分
乗客乗員524人を乗せ、日航123便が羽田空港・旧C滑走路から離陸
羽田空港に着陸した日航機の写真

事故当日、羽田空港に着陸した日航機(JA8119)
=群馬県警の「日航機墜落事故事件の捜査記録 捜査編」(以下「未公開捜査記録」)から

18時24分
123便は高度23900フィート(約7280メートル)に達するまで異常なく飛行を続けた。 巡航高度24000フィート(約7310メートル)に達する直前、「ドーン」という音とともに異常事態が発生した。
機長
「なんか爆発したぞ。スコーク77」
機長
「エンジン?」
副操縦士
「スコーク77」
航空機関士
「オールエンジン…」
スコークは、航空機ごとに管制官から割り当てられる4桁の識別コード。特定の状況下で使用されるコードもあり、緊急事態(何らかの異常発生)は「7700」(123便機長らはこの時「77」と略)、無線機故障は「7600」、ハイジャック発生は「7500」など。
三浦半島・三崎港、伊豆半島・静岡県東伊豆町 男性ら6人
『ドーン』という音を聞いた。雷音と勘違いした
群馬県警の未公開捜査記録から
18時25分
機長
「あーこちら日航123便、羽田への引き返しを要求する」(英語)
東京管制区管制
「要求を承認した」「右旋回か、左旋回か」(英語)
機長
「右旋回する」(英語)
異常事態が発生したと考えた機長は、高度22000フィート(約6700メートル)に降下して羽田空港へ引き返すことを管制官に求め、承認された。
機長
「バンク(旋回時の機体の傾き)とんな、そんなに」
副操縦士
「はい」
機長
「バンクそんなにとんなってんのに」
副操縦士
「はい」
機長
「なんだよそれ」
航空機関士
「ハイドロプレッシャー(油圧)がおっこちていますハイドロが」
右旋回を始めたが、バンクが大きすぎると指摘する機長。昇降舵(だ)や方向舵は油圧を利用して作動させるが、123便は油圧の全4系統が機能停止に陥った。方向舵を含む垂直尾翼の大半が損壊・脱落するとともに、油圧系統の配管が破断し、60〜90秒ほどで作動液がすべて流出したためとみられる。
圧力隔壁破損の流れGIF動画

クリックすると動画が再生されます

地上から撮影された123便の写真

東京都奥多摩町で12日午後6時50分に撮影された123便。
垂直尾翼がないことがわかる(読者提供)

18時26分
機長
「ハイドロ(油圧)全部だめ?」
航空機関士
「はい」
この頃、「フゴイド運動」と「ダッチロール」が始まった。パイロットは抑制しようとしたが、操縦桿(かん)はきかなかった。
フゴイド運動GIF動画

フゴイド運動

機首と速度・揚力が上がったり下がったりして、機体が上昇と降下を繰り返す状況。123便は油圧系統を失い、機首の上げ下げを制御できなかったため、伊豆半島上空から富士山の付近までの間、高低差1000メートル超、80~90秒ほどの周期で意図せぬ上昇と降下を繰り返した。
ダッチロールGIF動画

ダッチロール

機体が右へ左へと傾きながら、進行方向も左右に蛇行して不安定に飛ぶ状況。123便では約12秒周期で発生したが、垂直尾翼の大半を失っていたため、「この動画のような一般的なダッチロールとはやや異なる、さらに特異な動きになっていた」(当時の事故調関係者)という。
静岡県東伊豆町など 男性ら4人
西方に向け右旋回しながら低空飛行していく大型飛行機をみた
群馬県警の未公開捜査記録から
18時27分
東京管制区管制
「日航123便、緊急事態であることを確認しますが、その通りですか?」(英語)
機長
「その通りです」(英語)
管制官は続いて、どのような緊急状態か問い合わせたが、123便から応答はなかった。
客室内の
自動アナウンス
「ただいま緊急降下中。マスクをつけてください。ベルトを締めてください。タバコは消してください。ただいま緊急降下中です」
機長
「ハイドロ(油圧)は?」
航空機関士
「はい」
航空機関士
「ハイドロプレッシャオールロス(油圧をすべて喪失)」
副操縦士
「オールロスですか?」
航空機関士
「オールロス」
副操縦士
「オールロスね?」
航空機関士
「はい」
18時28分
客室乗務員に
よる
アナウンス
「お客さまにお願いいたします。お子さま連れのお客さま、どうぞ近くの方、恐れ入りますが、お子さまのマスクの用意をお願いします」
東京管制区管制
「大島へのレーダー誘導のため、針路90度(真東)で飛行せよ」(英語)
機長
「しかし、現在操縦不能」(英語)
18時29分
機長
「気合を入れろ」
副操縦士
「はい」
機長
「ストール(失速)するぞ、本当に」
副操縦士
「はい、気をつけてやります」
機長
「ディセンド(降下)」
機長
「なんだこれ」
18時31分
東京管制区管制
「日航123便、降下可能か?」(英語)
機長
「あー、現在降下中」(英語)
東京管制区管制
「よろしい、現在高度を報告せよ」(英語)
機長
「240(24000フィート、約7310メートル)」
東京管制区管制
「その通り、現在位置は名古屋空港から72海里の地点、名古屋に着陸できるか?」(英語)
機長
「あ-、違います、羽田に戻ることを要求する」(英語)
東京管制区管制
「これから日本語で話していただいて結構ですから」
機長
「はいはい」
機長が発した「現在降下中」という言葉は、機体を制御して降下していたのではなく、フゴイド運動により降下していたとみられる。
航空機関士
「オキシジェンマスク(酸素マスク)がドロップしてます」
副操縦士
「はい」
18時29〜31分
静岡県焼津市、静岡市 男性ら3人ほか
焼津市北方を北北西から北方に右旋回をして行く飛行機を目撃した
翼を左右に傾けながら、『異常飛行』をしていた
群馬県警の未公開捜査記録から
18時33分
航空機関士
「キャプテン」
機長
「はい」
航空機関士
「R5(客室右最後部のドア)の(酸素)マスクがストップですから…エマージェンシーディセント(緊急降下)やった方がいいと思いますね」
機長
「はい」
R5ドア付近の乗客用酸素マスクに酸素が通らないトラブルが起きていたことから、航空機関士が緊急降下を進言したとみられる。しかし、フゴイド運動により、123便は高度7000メートル付近から降下できずにいた。
航空機関士
「マスク我々もかけますか?」
機長
「はい」
副操縦士
「かけた方がいいです」
航空機関士
「オキシジェンマスク、できたら吸った方がいいと思いますけど」
機長
「はい」
事故調査報告書は、パイロットらが最後まで酸素マスクをつけなかったと推定している。飛行を安定させるための操作に専念していたなどの理由が考えられるが、わかっていない。パイロットらは低酸素症にかかり、知的作業能力、行動能力がある程度低下したとみられる。
18時35分
富士山の西約35キロ付近、高度23000フィート(約7010メートル)で右旋回し、東に機首を向けた。
18時36分
日航社用無線
「羽田に戻ってこられますか?」
航空機関士
「えーと、ちょっと待ってください。今エマージェンシーディセント(緊急降下)してますので。えー、もう少ししたら、あー、コンタクトしますので、もう一度、あー再び、コンタクトしますので、えー、このままモニターしておいてください」
日航社用無線
「了解しました」
18時37分
機長
「あたま下げろ」
機長
「あったま下げろ」
副操縦士
「はい」
123便はフゴイド運動により意図せず上昇していたとみられる。
18時38分
富士山の北北西約7キロ付近で左旋回し、北東に機首を向けた。
機長
「両手でやれ、両手で」
副操縦士
「はい」
航空機関士
「ギアダウン(着陸装置の車輪を出す)したらどうですか? ギアダウン」
副操縦士
「ギアダウンでしょうか?」
機長
「出せない、ギアおりない」
機長
「あたま下げろ」
副操縦士
「はい」
123便はフゴイド運動により上昇と降下を繰り返していたが、着陸装置の車輪を出して空気抵抗を大きくすることで速度・揚力を抑え、意図せぬ上昇を防ぐための提案だったとみられる。
18時39分
着陸装置の車輪が出た。油圧系統は失っていたが電気系統は残っており、車輪を出すだけなら可能だった。これにより、フゴイド運動が落ち着き始める。
18時41分
山梨県大月市付近の高度21000フィート(約6400メートル)から3分間でほぼ360度右旋回し、17000フィート(約5180メートル)まで降下していく。
18時42分
機長
「あたま下げろ」
副操縦士
「はい」
機長
「パワー」
機長
「重たい」
18時39〜45分
山梨県都留市、大月市、上野原町(現上野原市) 男性ら5人
円を描くように一回転した大型のジェット機を見た
18時40〜43分
全日本空輸機長(当時51歳)、副操縦士(当時48歳)
東京航空交通管制部から『エマージェンシー機(緊急状態の航空機)が見えるか』との質問があったので、前方を注視したところ午後6時40分、真正面よりやや右で約37キロメートル前方、高度24000フィートないし22000フィート(約7310~6700メートル)に該当機と認められる航空機を発見した
当該航空機の状態は、機首を北方から東方、東方から南方、南方から西方と連続的に円を描くように飛行し、飛行姿勢は、2秒間の右バンク(傾き)と1秒間の水平飛行の繰り返しで、午後6時43分、自機の右後方となり、約3分間の目撃であったが、航空機の識別については大型機の4発エンジンと確認できたのみだった
群馬県警の未公開捜査記録から
18時44分
機長
「おもたい」
機長
「いっぱいやったか?」
副操縦士
「いっぱい、かじ、いっぱいです」
機長
「あーおもたい」
航空機関士
「フラップ(高揚力装置)どうしましょうか? 下げましょうか?」
機長
「まだ早い」
航空機関士
「まだ早いすか」
機長
「まだ早い」
18時45分
横田進入管制
「日航123便、日航123便、こちら横田進入管制。聞こえたら、横田に連絡してください。周波数は129.4」(英語)
機長
「ジャパナ123、アンコントローラブル(操縦不能)」
東京管制区管制
「日航123便、続けて」(英語)
左旋回して北東へ機首を向けた。18時45~48分にはフゴイド運動は完全に消えた。
18時46分
機長
「あたま下げろ」
副操縦士
「えー相模湖まで来てます」
機長
「はい」
東京管制区管制
「日航123便、羽田にコンタクトしますか?」
機長
「このままでお願いします」
東京管制区管制
「コンタクトしますか?」
機長
「こ、このままでお願いします」
機長
「これはだめかもわからんね」
機長
「もっとノーズ(機首)ダウン下げ」
副操縦士
「はい」
18時47分
航空機関士
「ハイドロクオンティティー(油圧系統の油量)がオールロス(完全喪失)してきちゃったですからなあ」
東京管制区管制
「現在コントロールできますか?」
機長
「アンコントローラブル(操縦不能)です」
東京管制区管制
「了解」
客室乗務員の声
「赤ちゃん連れの方、背に頭を、座席の背に頭を支えて…にしてください。赤ちゃんはしっかり抱いてください。ベルトはしてますか? テーブルは戻してありますか? 確認してください」
機長
「おい山だぞ。ターンライト、山だ」
副操縦士
「はい」
機長
「コントロールとれ、右、ライトターン」
右旋回のための極めて大きなペダル操作などが行われたが、効果は全くなかった。
副操縦士
「ライトターンですね?」
機長
「山にぶつかるぞ」
副操縦士
「はい」
機長
「ライトターン」
機長
「マックパワー(エンジン最大出力)」
副操縦士
「マックパワー」
航空機関士
「がんばれー」
18時48分
機長
「レフトターンだ」
副操縦士
「はい」
機長
「レフトターン」
副操縦士
「はい」
機長
「パワー上げろ、レフトターン、今度は、レフトターン」
123便は高度7000フィート(約2130メートル)で東京都奥多摩町付近上空から左旋回し、西北西に向かって徐々に上昇した。
機長
「パワーちょっとしぼって、あー右右、あったま下げろ、あったま下げろ」
副操縦士
「今、かじいっぱい」
機長
「山いくぞ」
副操縦士
「はい」
機長
「でない」
副操縦士
「ふかしましょうか?」
機長
「パワー、パワー」「パワー」
18時49分
航空機関士
「ふかしましょう、ふかしましょう」
機長
「ライトターン」
機長
「あーだめだ。ストール(失速)、マックパワー、マックパワー、マックパワー、ストール、…落ちた」
失速警報が作動
18時49分
東京都青梅市、奥多摩町 男性ら7人
奥秩父方向に飛行して行く、異常に低空でエンジン音の割に速度の遅い飛行機を見た
18時49〜53分
埼玉県大滝村(現秩父市) 男性ら4人
異常に低空で両翼を上下に揺らしながら、やや右旋回にゆっくりした状態で飛行した飛行機を目撃した
群馬県警の未公開捜査記録から
18時50分
副操縦士
「スピードが出てます、スピードが」
機長
「どーんと行こうや」
機長
「がんばれ」
副操縦士
「はい」
航空機関士
「マック」
機長
「あたま下げろ」
副操縦士
「はい」
機長
「がんばれ、がんばれ」
副操縦士
「今、コントロールいっぱいです」
航空機関士
「マックパワー」
副操縦士
「スピードが減ってます、スピードが」
18時51分
機長
「下がってるぞ」
副操縦士
「はい」
機長
「あったま上げろ上げろ」
副操縦士
「フラップ(高揚力装置)は?」
航空機関士
「下げましょうか?」
機長
「おりない」
航空機関士
「いや、えー、あのオルタネート(油圧を代替する電動)で」
主翼のフラップを下げ始めた。フラップを下げれば同じ速度でも揚力を高めることができるため失速を回避できるが、空気抵抗が増すため速度は落ちていく。
18時52分
航空機関士
「今、フラップ(高揚力装置)、オルタネート(油圧を代替する電動)で出てますから」
副操縦士
「ラジャー」
機長
「あったま下げろ」
副操縦士
「はい」
18時53分
高度13000フィート(約3960メートル)付近から降下し始め、降下率(1分間あたりの降下高度)は平均3000フィート(約910メートル)以上になった。
機長
「あたま上げよ」「パワー」
副操縦士
「いれます」
東京管制区管制
「日航123便、日航123便」
機長
「えーアンコントロール(操縦不能)、ジャパンエア123、アンコントロール」
東京管制区管制
「123了解しました」
18時54分
機長
「はい左、レフトターン」
副操縦士
「はい」
機長
「リクエストポジション」
航空機関士
「(こちら)日航123便、現在位置を知らせよ」(英語)
東京進入管制は「羽田の北西55海里、熊谷の西25海里の地点」と回答。
航空機関士
「はい了解」「熊谷から25マイルウエストだそうです」
フラップが大きく下がり、右旋回が始まる。
18時54分
長野県川上村 男性ら7人
東方の埼玉県大滝村との県境稜線を越え異常に低空で飛来し、扇平山の手前で大きく右旋回し三国山方面に向かい、群馬県境の稜線を越えたあたりで左旋回して下降し稜線に消えた飛行機を目撃した
群馬県警の未公開捜査記録から
18時55分
東京進入管制
「日航123便、日本語で申し上げます。こちらのほうは、アー、アプローチ(進入)、いつでも、レディ(準備できている)になっております。なお、横田と調整して横田ランディング(着陸)もアベイラブル(できるよう)になっております」
航空機関士
「はい了解しました」
機長
「あたま上げろ、あたま上げろー」
副操縦士
「パワー」
機長
「フラップ(高揚力装置)止めな」
「あーっ」
機長
「パワー、フラップ、みんなでくっついちゃだめだ」
副操縦士
「フラップアップ、フラップアップ、フラップアップ、フラップアップ」
機長
「フラップアップ」
副操縦士
「はい」
フラップがさらに大きく下がり、すぐに上げ(「アップ」)始めたが、右横揺れ角(機体の傾き)は50~60度に増加した。
機長
「パワー、パワー、フラップ」
航空機関士
「上げてます」
18時56分
機長
「あたま上げろ」「あたま上げろ」「パワー」
地上接近警報の自動音声
「Sink rate(降下率が大きい)」「Pull up(機首を上げよ), Pull up, Pull up, Pull up」
(衝撃音)
地上接近警報の自動音声
「Pull up」
(衝撃音)
(録音終了)
123便は「一本から松」地点(標高1530メートル)にある樹木数本に接触し、520メートル進んで「U字溝」(標高1610メートル)地点の稜線に右主翼が接触した後、さらに570メートル先の「御巣鷹の尾根」(標高1565メートル)に墜落した。
墜落現場の空撮写真

「御巣鷹の尾根」の墜落現場

長野県川上村 男性ら7人
『ズシン』と鈍い音がして、稜線のむこう側でキノコ雲が噴き出て赤くなった
群馬県警の未公開捜査記録から

生存者の証言①
日航客室乗務員(非番)・女性(当時26歳)

  1. 離陸後、週刊誌を読み始め、間もなく水平飛行になりベルトサインが消える頃、『バーン』と大きな金属音と同時に霧がたちこめ、私は週刊誌を床に落としてしまった
  2. 金属音がした地点は、最後部トイレの天井付近で、同所に70センチ四方の穴が2か所開いて、中のテントの布様の物が風でパタパタと揺れていた
  3. この時機内で何かの破片が飛んできたり、開いた穴から物が外へ飛び出して行ったりということはなかった
  4. 霧はすぐに消え、スチュワーデス(客室乗務員)と一緒に、おりた酸素マスクの着装指導をした
  5. 富士山が見えた直後、機体が真っさかさまに急降下し、もう駄目かと思いながら両足首を持って1~2分たった頃バウンド的衝撃があり、続いて強い衝撃があって動きが止まった(現場上空から、富士山の目視は可能である)
  6. 墜落した時火災の様子はなく、その後2回ほどエンジン音がして手を振ったが気付かれず、そのまま眠ってしまった。そして、周囲が明るくなって目を覚まし、人声が聞こえたので手を振ったところ気付いて助けられた
群馬県警の未公開捜査記録から

生存者の証言②
中学1年の女子生徒(当時12歳)

  1. 羽田を出発して間もなく、大きな『メリーッ』という音と同時に『ドーン』と大きな音がして、左最後部天井の壁に1メートル四方の穴が開き、白い煙がたちこめた。穴の中は、プロペラの様なものがゆっくり回っていた
  2. この時酸素マスクがおりてきて、スチュワーデス(客室乗務員)の人が酸素マスクや救命胴衣のつけ方を教えていたが、立ち上がるお客はいなかった
  3. その後のことはわからなくなってしまい、気が付いて動こうと思ったが動くことができず、そのまま眠ってしまった
  4. その後、ヘリコプターの音がして目を覚まし、しばらくしておじさんに助けられた
群馬県警の未公開捜査記録から

生存者の証言③
主婦(当時34歳)

  1. 右側窓から富士山を見た直後、突然、『ボーン』や『ボワーン』と大きな音がして、同時に機内に煙がたちこめ雲の中に入ったような状態になった
  2. その後、私はジェットコースターに乗ったような感じになり、耳鳴りがし、子供たちは耳が痛いと言っていた
  3. 救命胴衣をつけてから5分くらいした頃、飛行機は座っていて前のめりになるくらい下向きに急降下し、『ドカーン』と大きな衝撃音とともに、一瞬まわりが黄色くなった感じがし、何か物が飛び散り、その後気を失ってしまった
  4. 空が明るくなって○○(一緒に救出された長女)の声で目を覚ましたところ、壊れた機体の中に埋まって身動きができなかった。近くで、○○(次女)と夫が冷たくなって死んでいたが、そのうちヘリコプターの音がしてきて、助け出された
群馬県警の未公開捜査記録から

生存者の証言④
主婦の長女=小学3年の女子児童(当時8歳)

  1. 飛行機は上の方に向かっていたが、だんだん平らになった時、急に『ドーン』と大きな音がして白い煙が出た。そして、天井からマスクがおりてきた。耳が押されて痛くなったり、息が苦しくなったりしたけど、お母さんがマスクをつけてくれたので楽になった
  2. 落ちた時、私は気絶してわからなくなってしまったが、その後ヘリコプターの音で目が覚めて生きていることがわかった
群馬県警の未公開捜査記録から
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